| 1159年 |
源義朝の9男として京都に生まれる。 |
| 1166年 |
鞍馬寺に預けられ、遮那王と名乗る。(7歳) |
| 1175年 |
藤原秀衡を頼って奥州平泉に下り、秀衡の庇護を受ける。(16歳) |
| 1180年 |
異母兄・頼朝が伊豆で挙兵、その旗下に参ずる。 |
| 1183年 |
宇治川の戦いで木曽の源義仲を破り、京に入る。
一ノ谷の戦いで平家に大勝する。 |
| 1184年 |
後白河法皇により任官され、従五位下に叙せられる。頼朝が激怒。
河越太郎重頼の娘を正室に迎える。 |
| 1185年 |
3月:屋島の戦いを経て壇ノ浦の戦いにて平家を壊滅させる。
4月:頼朝、無断で任官した者たちの東国への帰還を禁じる。
5月:鎌倉に戻ろうとするが手前の寺に留め置かれ、釈明の手紙(腰越状と称される)をしたためる。
6月:鎌倉に入れないまま領地を没収され、京に戻る。
10月:頼朝、義経討伐を決める。
11月:郎党、愛妾・静御前を連れて吉野に逃れる。 |
| 1186年 |
吉野で捕らえられた静御前が鎌倉に連行される。 |
| 1187年 |
藤原秀衡を頼って奥州平泉に落ちのびる。
10月:秀衡死去。 |
| 1189年 |
頼朝の圧力に屈した藤原泰衡が義経の住む衣川の館に襲撃。義経、持仏堂に篭り自害。 |