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 2008年7月29日(火)
 朝7時半。わたしは実家のある横浜市に向かって、独り車を走らせていた。
 目的は帰省ではなく、青葉区の某所にある整体院である。
 わたしが足が痛いの、腰が痛いの、お尻が痛いのとボヤいていたら、クラブメンバーのサトウさんが「こっちにいい先生がいるよ」と整体院を紹介してくれたのだ。
 聞くところによると広告などの宣伝はせず、HPも持たない先生なのだとか。ご高齢なので紹介でしか新患をとらず、一日限定4人まで。
 股関節痛で歩行もままならなかったサトウさんの義妹がそこにかかり、階段を駆け上がれるほど良くなったという。
 そう、わたしの今の最大の悩みは、まさにこの股関節痛。大学病院でも診てもらったが、治療方法はないと言われていた。
 わたしはサトウさんにお願いして予約を入れてもらったが、取れたのは2週間も先だった。まさしく人気レストラン並みに「予約でいっぱいの整体院」だ。
 この先生こそ、近所のカイロや整体、さらには大学病院の専門医でも治せなかったわたしの疾患を治してくれる救世主となってくれるかも!? そう思いつつ、予約の日がくるのを心待ちにした。
 だが、整体だけで遠路はるばる行くのももったい。距離にしたら36キロほどの道のりなのだが、普段そちらに行く用事があまりないからだ。
 そのあたりにできた新しい日帰り温泉をいくつか回ってみよう。わたしはそう思った。
 実家が横浜市都筑区にあるので、青葉区、緑区、さらには川崎市宮前区、高津区あたりは勝手知ったるホームスペースである。おまけに、整体院のある場所は出身高校のすぐそばであった。
 現在、気がつくと実家から2キロ、3キロといった近距離に新しい温泉がいくつかできていた。昨今の温泉ブームの流れを受けて、もちろん掛け流しの浴槽も備えている。
 かつては地元の人しか知らないような温泉銭湯が綱島日吉、千年(後述)に3ヶ所あるだけで(有間療養温泉は例外だが)、わたしはもちろんその存在すら知らなかった。しかし、今や日帰り温泉が「雨あがり後のタケノコ」のように、あっちにもこっちにもボコボコ建っている。
 その中から循環の所を除外して、3〜4ヶ所をリストアップ。さらによく行っていたホームセンターや園芸センター、ショッピングセンターなどで買い物をする計画を立て、その日に備えた。
 そして、その日がきた。
 まず最初に向かったのが、「溝の口温泉 喜楽里」。朝9時オープンなので、それに間に合うよう7時半に出発したというわけである。
 場所は高津区千年(ちとせ)で、最寄り駅は南武線武蔵新城駅。1.5キロほどの距離があるが、駅と「喜楽里」を結ぶバスは走っていない。溝の口駅からならバスが出ており、所要時間は約10分から15分だ。
 だからといって「溝の口温泉」という名前をつけることに関しては、付近の(元)住民としてはかなり違和感を感じる。これはわたしの個人的な印象であるが、千年は実質、溝の口ではないと考えるからである。千年に住まう人たちも意外に思ったに違いない。
 え、ここは溝の口じゃないよねえ。と、多くがそう感じたのでないかと勝手に想像している。まあ、東京じゃないのに「東京ディズニーランド」といったり、としまえん遊園地からかなり離れたマンションに「メゾン豊島園」とつけるのと、きわめて類似した手法なのだ。
 地理的なものを重んじれば「千年温泉」か「新城温泉」とするのがしっくりくるが、知名度が低い地名を付けるより、比較的知られた「溝の口」を冠したいという心情は理解できる。
 または、第三京浜道路 京浜川崎インターチェンジを降りてすぐの所にあるので、「川崎温泉」はどうだろうかとも考えてみる。しかし、川崎というと東京湾に面した工業地帯をイメージしてしまいがちだし、距離的にも離れている。おまけに川崎の人には申し訳ないが、あまりオシャレじゃないなあ。
 やはり、無理矢理「溝の口温泉」とした人の強引な発想に、思わず納得してしまう。(川崎にお住まいの皆さん、ゴメンなさい)
 さて、「喜楽里」へはオープン15分前に到着した。
 実家はここから3キロほどの所にある。前の道路はしょっちゅう使っていて、まさかこんなところに温泉が建つとは・・・と、久しぶりで千年にやってきて、しみじみ感慨深く思った。
 わたしは建物の横すぐの所にある2階建て駐車場の1階に車を停め、ただちに玄関前に並んだ。
 意外なほど温泉の建物と立体駐車場がびったりとくっついていて、かなり狭い敷地に無理矢理建てているという感じがする。
 このあと露天風呂に入って、たいして広くないことで思わず納得してしまった。
 わたしが携帯でテレビを観ながらオープンを待っていると、女性が一人やってきて、わたしの横にしゃがみ込んだ。
 かと思うと、おばさんいきなりタバコを吸い出した。いくら灰皿が置かれているとはいえ、少し離れて吸ってほしかったよ。
 わたしの方からちょっと距離を置くと、おばさんはしゃがんだままチラッとわたしの方を見た。わたしは目こそ合わさないものの、不快感をあらわにした表情をチラとそちらに向けた。
 それにしても平日の朝一番だというのに、後から次々と客がやって来る。ほとんどが女性で皆さんご近所らしく、タバコのおばさんとお喋りを始めた。
 小耳を立てていると、昨日はガラガラだったとか。そうだよね、月曜日の朝から来るなんて、よほど暇な人だよねえ。まあ、火曜の朝も相当な暇人だと思うけどさ。
 さて、オープン時間となった。
 わたしはサンダルのボタンを外して身構え、ドアが開くと同時に飛びこんだ。手にはしっかり100円玉2個と、千円札一枚が握りしめられていた。 
 なぜかというと、まず下駄箱で1枚、次にロッカーを閉めるのに100円玉がもう一枚必要になるからだ。ここでモタモタ財布なんぞ出していたら、1番乗りできなくなる。
 が、予想に反して、下駄箱で100円は必要なかった。鍵を回すとき下に付いてる小さなボタンを押すタイプの扉だったのだ。
 さらに料金も後払いだったので、受付でも千円札の出番なし。いま急増しているバーコード清算方式である。
 内湯の浴槽には、コーヒーか麦茶のような黒湯が湛えられていた。しかし、循環と知っていたのでスルーし、露天へ直行。
 そこには内湯よりさらに深い色合いの黒湯が掛け流し投入されていた。
 左側は掛け流しなのだが、お湯が熱くて42度ほど。右側の方は循環で、ややぬるめ。
 わたしには40度くらいがちょうどよいのだが、消毒臭が気になってやっぱり掛け流しの方に戻った。
 湯に浸かると、まず肌がヌルヌルするのを感じる。匂いはモール泉系らしく豊かな木の香りに、プラスかすかな硫化水素臭とメタン臭が感じられる。
 説明書きによると、肌がヌルヌルするのは「アルカリ性で皮膚表面の脂肪分や分泌物が乳化するから」だという。そうすると、お湯には入浴客の皮膚の脂や分泌物がたくさん溶けこんでいるってことかしら。
 うっ、それってちょっとイヤかも。だからこそ、一番風呂と掛け流しにこだわるんだけどね。
 露天風呂の「上の湯」(画像左側の岩風呂)は加水なし、加温なし(冬期は加温)という、二重丸をつけてあげたいような掛け流し。しかも、平地なのに41.3度の高温泉が毎分428リットルも湧出している、大変優秀な温泉なのである。
 しかし、1,800メートルも掘り上げているので、それくらいは当然と言えば当然かもしれない。東京、神奈川の地層は柔らかい腐葉土層の上にあるので、深く掘ればどこでも黒湯が出ると言われている。それも深く掘れば深く掘るほど熱いお湯が出る。
 「喜楽里」のお湯は掘削技術の向上とリーズナブル化のたまものなのだ。
 さて、他に3軒予定が控えていたので、わたしは15分ほどで湯から上がった。スーパー銭湯には必須アイテムになっている壺湯や寝ころび湯なども(実はありました;寝転び湯)なくてシンプルだが、ここはお湯だけで勝負できるレベルだと思った。ぜひまた来たい。
 しかし、あまりにも早く出てきたので、清算カウンターのお姉さんに怪訝な顔をされてしまった。
 ここでは清算カウンターでお金を払い、出口の機械を通るカードをもらう仕組みになっている。後払いなので無銭入浴されないよう、機械を通らないと出られないようになっているのである。
宮前平 源泉 湯けむりの庄
 次に目指すのは川崎市宮前区宮前平にある「湯けむりの庄」だ。こちらはオープンが10時と、ちょっと遅い。その時間差を利用して、オープンと同時に突入するつもりであった。
 宮前平へは約5キロ。途中渋滞に遭ったので迂回し、けっこう早く目的地に到着した。
 しかし、カーナビに「湯けむりの庄」も該当番地も載っていなかったため、着いたはいいが温泉の建物が見つからない。
 周囲をウロウロし、歩いている人にも訊いてみたが、やはり発見できない。一体どんな裏手にあるんだか。
 区役所通りを走っていて、ふと「スーパー銭湯反対」の”のぼり”を発見した。あらかじめ個人の温泉HPで、隣のマンションに反対の”のぼり”がずらーっと並んでいることを把握していたので、おっこれだ、と確信してマンションの角を曲がる。
 すると、ようやく「湯けむりの庄」を発見。うーむ、これはちょっとわかりづらい場所にある。普通、スーパー銭湯といったら大きめの通りに面しているものと思っていたが、こういう引っこんだ場所にあるというのも珍しい。
 しかし、マンションの前にスーパー銭湯ができるのは、そんなに嫌なことなのだろうか。
 せっかく購入した安くはない住まいのすぐ目の前、しかも深夜営業だ。反対したくなる気持ちはわからなくもない。いや、わたしだったら小踊りして喜ぶと思うけど。
 このマンションの反対者は「湯けむりの庄」には生涯入らないつもりなのかな。もったいない、もったいない。
 それにしても、「スーパー銭湯反対」ののぼりが逆に温泉の場所を教える目印になっているとは、皮肉なことである。 
 行き方としては、田園都市線 宮前平駅の北口側(県道とは反対側)から、ロイヤルホームセンター前の坂を登るとわかりやすい。この坂は歩いて登るとけっこうきつい。区役所まで行ってしまったら行きすぎ。
 曲がる目印は、のぼりを一杯飾っているマンションである。そのマンションを右手に見て最初の角を右に曲がれば「湯けむりの庄」がある。
 車の場合は東名自動車道 川崎ICが近くて約5分。第三京浜 川崎ICだと20分くらいだろうか。
 正面出入り口。ゆるやかな坂になっていて、向こう側が例のマンションだ。
 ゲート付きの広い駐車場があって、建物裏手の平面と地下の2ヶ所に分かれている。 
 温泉の建物のすぐ近くに車を停め、玄関前に並ぶ。まだ誰も来ておらず、ここでも一番乗りだった。本日2軒目の温泉で一番乗りというのは、実に気持ちがいい。
 10時になって、中に入る。ここでも料金は後払いでリストバンド方式だった。岩盤浴をするかと訊かれたので、しませんと答えて浴室に向かう。
 とにかくやたらと広い建物で、しかもゴージャス。廊下に至ってはここまで広い必要性があるのかと思うくらい、無駄に広い。
 この廊下から、向かいのマンションがよく見える。あの反対ののぼりを掲げているマンションである。
 なるほど廊下からはマンションのテラスが丸見えで、反対する気持ちも理解はできる。あちらからしてみれば常に覗かれているような気分になるのかもしれない。
 脱衣所に入る前に岩盤浴衣とタオルセットの入ったバッグを渡される。
 脱衣所のロッカーは24時間営業の健康ランドによくある、縦に細長いタイプ。分厚いバッグは入らない恐れがある。100円硬貨不要で鍵が閉められる。
 浴室に入った。内湯は循環なので、例によってスルー。だが、墨のように真っ黒なお湯に思わず歓声が漏れる。
 お習字の墨か、ブラックコーヒーみたいな真っ黒な湯。すごい。ここまで真っ黒な黒湯にはなかなかお目にかかれないんじゃないだろうか。
 間違いなく「喜楽里」より黒い。
 露天風呂では唯一、階段上にある半円形の浴槽が掛け流しだ。下にある浴槽や向こう側の壺湯などは循環である。
 湯の透明度は20センチほど。湯船に体を沈める、たちまち胸から下が見えなくなった。
 ヌルヌルする感触は溝の口温泉と同等か、それ以上に感じる。匂いもほぼ一緒である。
 5キロ離れているだけなので、泉質がまったく同じでも不思議はない。いや、そもそも東京・神奈川あたりの地層は前述したとおり、ふかふかの腐葉土層の上に乗っている。
 深く掘りさえすればだいたいどこでもこうした黒湯が出るそうなので、例え地中で湯脈が繋がっていなかったとしても同じ湯が出る可能性が高いのだと思う。
 意外とよかったのが、日本初だとかいう「炭酸琥珀湯」。天然温泉に「中空糸膜」とやらを通して炭酸ガスを溶かしこんだものだそうだ。
 塩素臭いのが気にはなったが、ぬるめなので今日みたいな暑い日には最適。しかも、体に泡がビッシリと付着しておもしろいのなんのって。思わず長々と入ってしまった。
 他の入浴客も同じらしく、ここにばかり人が集中していた。熱い源泉掛け流し浴槽にはほとんど誰も入っていない。
 「炭酸琥珀湯」に体を浸け、底の方からゆらゆらと立ちのぼってくる細長い泡の列を眺めていると、なんだか海でダイビングしているような気分になった。
 施設としては、こちらの方がダントツによい。だが、そのぶん料金も高い。なんと平日は大人一人1,200円、土日・祝日は1,470円である。岩盤浴は別途800円が必要になる。
 溝の口温泉は平日なら750円だ。その代わり露天風呂が手狭で、湯船の種類も少ない。どちらがいいのかは判断に悩むところである。
 車で坂道を降りてくると、先ほども目印として書いておいたロイヤルホームセンターに出た。
 わたしがよく行っていた頃は、ビッグサムという名前だった。大手に吸収されたのかな。駐車場も立派な立体式になって、少し様変わりしていた。
 ここで愛犬のジャーキーや鉢受けなどを購入してレジを通ると、出入口付近にはシェード(ガーデン用のおしゃれな簾)を発見。おまけに花苗コーナーには、ガーデンパラソルが何本も置かれていた。
 実は、このシェードやガーデンパラソルが欲しくて、東京・埼玉のホームセンターを何軒も探し歩いたのだった。だが、どこも置いていなかった。そこで仕方なく、ネット通販でパラソルを購入したばかりであった。
 東京の宅地ではガーデンパラソルやシェードは使わないとでもいうのだろうか。品揃えの違いに、ちょっと衝撃を受けた瞬間だった。
 お昼時になったので、鷺沼駅近くにあるパスタハウス「シシリー島」に行くことにした。本当は溝の口温泉の次にすぐ近くの千年温泉に入っていきたかったが、いわゆる温泉銭湯なのでオープンは1時からと遅い。
 そのため宮前平「湯けむりの庄」に先に行き、続いてランチとなったのであった。
 ここ「シシリー島」は田園都市線 鷺沼駅から徒歩5分のパスタハウス。ゴルフ練習場の下にあり、駐車場完備である。
 前に一度ここでパスタを食べて以来、「渡り蟹のトマトクリームスパゲティ」に惚れこんでいるのだ。
 同じものが食べたくて池袋のパスタレストランに2軒ほど行ってみたが、いずれも比べものにならないヒドイ味。
 食べたい食べたいと思い続け、ようやく今日、念願叶ったというわけである。
 店に入った時間が12時半と少し遅かったので、席はほぼ満席に近かった。
 ここはパスタは美味しいのだが、唯一の欠点はランチタイムも禁煙でないこと。禁煙席も設けていない。これは声を大にして改善を訴えたいところだ。
 最初、四人がけのテーブルに案内されたが、やがて隣の席に女性4人組が席に着き、その中の一人がタバコを吸い始めた。
 たまらなくなって、ウェイトレスさんに席を替わらせてとお願いし、離れた2人掛けの席に移った。
 やがて「渡り蟹のトマトクリームスパゲティ」が運ばれてきた。
 わお、約半年ぶり。歓喜に手を振るわせながら、さっそくいただきます。
 ぱくっ。
 旨いっ! これが、これが、これが食べたかったのよ〜! 思わず感涙にむせびそうになる。
 ざく切りにされたガーリックの風味がほどよく効いて、濃厚なトマトクリームと相まって口の中で心地よいハーモニーを奏でる。
 永遠に味わっていたい味だ。ああ、大盛りにすればよかった。
 カメラの腕が悪いのでおいしそうに映らなかったけど、これは本当に美味しいのだ。悪いけどカプリチョーザのなんて食べられたもんじゃなかったよ。
 上に乗っているカニの足もけっこう美味しい。運ばれてきたフィンガーボールで手を洗いながら、足の付け根から身をほじりだして食べる。
 食後はカプチーノと、鍋焼きチーズケーキ。
 このケーキも非常に美味しくて、これまで食べた中でも最上級の味だ。
 が、この旨いケーキを味わっている最中、隣の席に着いたた初老の男性が、座るなり「灰皿ちょうだい」とのたまった。
 げっ、この混雑したランチタイムに吸う気なんだ。
 かんべんしてよ〜と思ったが、他に空いた席もない。
 逃げようのない状況の中で、おじさんは堂々と一服し始めた。
 いくらわたしでも、ここではっきり「迷惑です」と抗議できる勇気は持ち合わせていない。しかし、何も言わないからといって気にしていないわけではないことを、喫煙者は理解してほしい。
 
 ◇2008年8月6日追記:
 次の週、経営母体である「木かげ茶屋GROUP」に分煙するようお願いするメールを送った。すると代表から返信があり、さっそく明日から分煙に踏みきるとのことであった。これまで何度か分煙しようとしたが、レストラン店長が「クレームがないから」と賛成してこなかったらしい。
 「木かげ茶屋」代表に感謝。
 食後は腹ごなしも兼ねてショッピング。まずは港北ニュータウン内にある「ヨネヤマプランテーション」で花や素焼きのコンテナなどを見て、次にたまプラーザへと移動する。
 昔からの行きつけ、たまプラーザ東急SCは田園都市線たまプラーザ駅前にある、東急百貨店と専門店街からなるショッピングセンターだ。住所は横浜市青葉区美しが丘。オープンしたのは昭和57年で、当時はまだ横浜市緑区だった。
 横浜市港北区、緑区、川崎市宮前区あたり一帯を、わたしはひとくくりに「奥・京浜地域」と勝手に呼んでいる。一歩街を外れれば田んぼや畑に行きあたり、川には白鷺の姿が見られた。
 なんたって鉄道からして「東急田園都市線」だ。住宅街こそ整備され、一等地には豪邸が建ち並んだものの、それ以外はやっぱりイナカだった。
 横浜に住んでいるというと、知らない人は「へえー、いい所に住んでるねえ」と言ったものだ。
 小学校3年生の時、わたしは母親の入院によって福井の叔母宅に預けられ、春江小学校に転入した。
 そこはもう掛け値なしのド田舎で、線路には柵もないような地域である。春江にいた3ヶ月間、わたしは「『港町ヨコハマ』から来たお嬢さま」(笑)というイメージで見られ続け、高層ビルの建ち並ぶ都会から来たと思われていた。
 しかし、実家は横浜市の中心街を遠く離れた僻地にあり、わたしが小学生の頃はトイレは汲み取り式、ガスはプロパン、道路は砂利道というド田舎であった。
 砂利道をトラックが通ると家がグラグラと揺れ、バキュームカーが来ると小一時間ほど異臭がたちこめた。
 小学校は山の上にあったので、里山を30分ほど歩いて通学した。下校の時は栗畑で生栗を食べ、クワガタをつかまえ、小川でヤゴをとる野生児でもあった。
 そんなド田舎に住まうわたしたちは、渋谷・新宿あたりのデパートをそのまま移植したようなたまプラーザ東急に目をまわした。それまで周辺にあったスーパーやそれに毛が生えた程度のショッピングセンターとは段違いにハイグレードだったのだ。
 それでも、当時はシャネルやエスティ・ローダーなどの高級ブランド化粧品コーナーはなく、東京の百貨店と同レベルというわけではなかった。やはり、そうしたブランド物を手に入れるには渋谷などの都会に出るしかなかった。
 しかし、今では上記の高級ブランドがカウンターを並べており、田園都市線最大の高級S.Cとなっているようだ。
 洋服も高級なものから庶民的なものまでバランスの良い品揃えで、特に専門店街のテナントがお気に入りだ。
 現在住んでいる練馬区には大型ショッピングセンターが少ない。いつもは光が丘にある「IMA」というところに通っているが、センスの悪いギャル系の洋服屋が多くてかなり物足りない。
 時々は普段行く機会のないS.Cなどに行ってショッピングをしたいものだ。
 ここで服やアクセサリー、お菓子などを買っていると、時間はあっという間に過ぎ去った。そろそろ整体に行く時間だ。
 予約時間は4時で、サトウさんとは某駅前で3時半に待ち合わせることになっていた。
 たまプラーザから某駅へは15分ほどで着いた。ここから20分ほど歩いたところに、わたしが出た高校はある。
 十数年ぶりに訪れた駅前は、雰囲気自体はあまり変わっていない。なんとなくもの寂しい、垢抜けない印象はそのままだった。
 タクシーが客待ちしているあたりに車を停め、車内で待つ。
 前後の車から降りてきた買い物客が、堂々とスーパーの中に消えていく。このあたりには駐車監視員がいないようだ。気楽でいいなあ。
 やがてグレーの車が横付けされ、窓からサトウさんが顔を覗かせた。
 少し早いが、そのまま先導してもらって整体院まで行くことになった。
 広い県道に出た。カーナビを見ると、わたしの出身高校のすぐ横を通るようだ。わたしが通っていたときは真横の道は狭く、車の通行もほとんどなかった。住宅と住宅の間を抜けるとすぐに田んぼに挟まれた道になり、夏はカエルの声を聞きながら登下校したものだった。
 それがいつの間にか田んぼがなくなり、片側2車線の立派な道路ができていた。あまりの変わりように、母校という実感が湧いてこない。
 走りながらチラと高校の敷地を覗いた。あんなに広く見えた校庭がちっちゃいこと、ちっちゃいこと。校舎も体育館もひどく小ぢんまりと接近しあっているように見える。
 最後に、卒業写真を撮った正門前を通過。
 思わず、宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長のように「なにもかもみな懐かしい」とつぶやきたくなってしまった。
 整体院は、高校から5〜6分ほどの所にあった。高校時代の親友の家のすぐ傍だ。
 なんだか昔懐かしい平屋の一軒屋。とても商売をしている建物とは思えない、ありていに言ってしまえばボロい借家風のたたずまいである。
 その古くて小さな一軒家で、先生は数人のお弟子さんとともに治療をしているという。
 とても弟子がいるような整体院に見えないところがミソなのかもしれない。否が応でも期待感が高まり、ドキドキしながら中に入った。
 まだ先客がいたので先生の居間に通され、小さな部屋の床に座る。そこでサトウさんとしばらくしゃべっていると、治療を終えた先生がふらっと現れた。
 「おおっ、久しぶり」と、先生は気さくに挨拶した。
 先生は御年87歳。笑顔を絶やさない温厚な方で、偉そうに構えた態度は微塵もない。
 弟子を何人も持っていると聞いていたので、もったいぶって尊大に反っくり返った先生を想像していたのだ。
 これも事前に聞いていたことなのだが、先生は太平洋戦争で激戦となったレイテ島からの帰還兵なのだという。
 レイテ島は海戦史上最大の激戦となったフィリピンの島のひとつで、8万人以上の日本兵が全滅した。生還したのはわずかに3%の兵だったという。先生はその生き残りの一人として、毎年レイテ島慰霊を続けているそうだ。
 わたしは、凄惨な体験を感じさせない穏やかで優しい笑顔の先生に「よろしくお願いします」と手をついて挨拶をした。
 持参したTシャツとトレパンに着替え、施術が始まった。ここではお弟子さんがしっかりしていて、てきぱきと症状を訊き、準備をする。
 先生がぼーっとしていると、「先生」と声を掛け、うっかり手順を抜かすと「先生、これを抜かしてますよ」とサポートする。
 先生とお弟子さんたちとの間に厳しい上下関係のようなものは見られなくて、和気藹々と雑談などしながら施術が進められる。
 先生はけっして叱ることはなく、「そこ、もういっぺんやって」とか「ほら、ここがこうなってるでしょ。だからこうして、ああして・・・」などと優しく教えながらお弟子さんを指導している。
 「もう先が長くないから、後進を育てる」ことに専念しておられるのだとか。
 先生は優しいだけでなく、お茶目な一面もたくさんお持ちだ。先生の口から「こりゃあレインボーブリッジだな」という謎の隠語も飛び出して、わたしをギョッとさせた。
 どうやら肩胛骨の間の背骨の一部が飛び出していて、少し盛りあがっている様子をレインボーブリッジと呼んでいるらしかった。
 背骨の一部が盛りあがっていることは、他の整体やマッサージなどでも指摘されていて知っていた。先生はそれを押したり撫でたりしながら元の状態に押しこんでしまった。
 股関節の方も、足を延ばしたりお尻を叩いたりして可動域を広げていく。
 のほほんと雑談しながらも的確に悪い患部を言い当て、施術していく先生。凄い。とにかく凄い。
 神様! と、思わず拝みたくなってしまった。
 サトウさんは「仙人みたいな先生」と表現する。仙人なのか神様なのか。いずれにしても誰もが素通りするような古びた民家に、こんな凄い先生がいたとは。
 1時間みっちりと施術を終えた後、試しに悪い方の左足を持ち上げてみる。驚くほど高く膝が上がり、自分でもビックリ。これまで左足を上げて靴下を履くこともできなかったのに、かなり上がるようになっていた。
 思わず「バレエだって踊れちゃいます」と、喜びを口にしていた。
 先生の施術は、いわゆるリラクゼーション系の気持ちの良いマッサージとは大きく異なる。どちらかというと最近はやりの「タイ古式マッサージ」に近いものがあって、緊張して固まってしまった患部を延ばしたり叩いたりして解きほぐしていく。
 だから、やってもらっていて「気持ちいい〜」ということはあまりない。時々いててて、と顔をしかめることもあり、気持ちよくて寝てしまうという生ぬるいものではない。
 しかし、お弟子2人に左右から施術してもらっていると、なんだか女王様にでもなったような気分になる。
 しかもカイロプラクティックのように、いきなり首や腰の骨をボキッと捻るような強引なことはしない。
 最初はカイロのようにボキッと捻るのかと身構えていたが、慣れてしまえば安心して身を任せられるようになるはずだ。その点も、カイロとは大きく違うと思う。
 わたしは来週の予約を入れてもらい、整体院を出た。ずっと居間で待っていてくれたサトウさんに、よくぞこんないい先生を紹介してくれましたと感謝を述べる。
 庭先でしばらく立ち話をしていると、助手の女性が玄関から出てきた。
 手には白いベルトのようなものを持っている。わたしに骨盤がズレないようにするためのサポーターを巻いてくれて、先生がワンテンポ遅れて窓から「中に入りなさいよ」と声を掛けてきた。
 外で手早く撒いてしまったので中には入らず、お礼だけ言って、その場を後にした。
 サトウさんと別れ、整体院を後にしたわたしは、最初に訪れた「溝の口温泉」の方へと戻っていった。そこから近いところに「千年温泉」という銭湯があるので、そこを締めの湯と定めていたのだ。
 初めの方に「溝の口温泉は地理的に溝の口じゃないから、千年温泉という名前の方がしっくりくる」と書いた。しかし、実を言うと「千年温泉」は30年も前から既にその地にあったのである。
 正確には「溝の口温泉」からさらに新城駅に向かったあたり。川崎市高津区千年新町というところだ。狭いながらもバスが走る通りに面していて、昔ながらの温泉銭湯だ。
 わたしは一度も新城駅を利用したことがなく、メインの中原街道を一歩入ったところにあるこの界隈を通ったこともない。そのためなのかなんなのか、この「千年温泉」の存在はまったく知らなかった。
 しかし、このたびの「横浜・川崎の黒湯めぐり」にあたって調査中、千年温泉の名が浮上してきたのだった。
 なんと、幼い頃よりたびたび通っていた中原街道から2ブロック向こうに、こんな黒湯が沸いていたとは。意表を突かれたわたしは、なにを置いても入ってみなければという気にさせられた。
 ちなみに、「千年」はと書いて「ちとせ」と読む。
 建物は、東京の銭湯に多く見られる神社のような造りではない。東京以外の地方によく見られる一般的な銭湯の建物で、商店街の一角に位置している。
 駐車場完備とのことだったので、いったん玄関前を素通りして裏手にまわる。すると、4〜5台ほど停められる駐車スペースが見つかった。
 そこに停めようとスピードを落とした途端、後ろからいきなり罵声を浴びせられ、激しくクラクションを鳴らされてしまった。
 スクーターに乗った茶髪の2人が「なにやってんだ、馬鹿ヤロー!」と怒鳴りながら、わたしの車を追い抜いていった。
 なにやってんだって、あんた。見りゃわかるでしょうが。駐車場に車を入れようとしてたのよ、なにが悪いのっ!
 わたしは呆れながらも、若者の見事なイナカ者っぷりに笑ってしまった。この数時間前、ノーヘル2人乗りの茶髪カップルを目撃していたのも、それに拍車をかけていた。
 ノーヘル2人乗りなんて、今時の東京じゃ絶滅品種だ。かつては悪ぶったヤンキーがノーヘルで爆音をたてていたものだが、今ではイリオモテ山猫と同じくらい見つける方が難しい。
 乗用車に対して罵声を飛ばすバイクの若者も、東京では希少品種と言ってもいい。温厚になったのか、無気力になったのか、とにかく怒れる若者は少なくなった。
 それに比べて、ここ奥・京浜地域では、まだまだ元気なヤンキーが有り余るエネルギーを発散させている。この方が、むしろ健康的なんじゃないだろうか。
 そんなことを考えながら、駐車場に車を入れる。
 駐車場には「千年温泉のPです」とか「千年温泉のPではありません」とか、一切なにも書いていない。一見、民家の庭先にある月極駐車場風だから、ちょっと不安になってしまった。
 正面に戻り、のれんをくぐって中に入る。木の板が鍵になっている、今では居酒屋でしかお目にかかれない下駄箱にサンダルを入れる。
 受付には無表情なおじさんが一人座っていた。裏の駐車場に車を停めて大丈夫か確認して、料金を支払う。金額は430円と安い。
 駐車場の件と同時に、脱衣所の真ん中にある番台ではないことにも一安心。木更津の銭湯では女湯の脱衣所が番台から見えてしまうため、隠れるようにして着替えなくてはならない。
 浴室は標準的な銭湯サイズだ。例えば石川県の温泉銭湯などにはとても広いところがあるが、ここは小ぢんまりとした規模である。
 洗い場は、これも銭湯基準。固定されたシャワーと押した瞬間しか出ない水とお湯のカラン、備品はゼロ。
 壁には森林に滝のペンキ絵。
 浴槽は右半分が黒湯、左側は白湯のジャグジーになっていた。 
 わたしはもちろん黒湯に入ってみた。
 お湯は熱めで、匂いはほとんどない。「あまり源泉で薄めないで」という注意書きが貼ってある。浴槽の端にある蛇口を捻ってみると、うっすらと硫化水素臭のする冷たい源泉が出た。
 注意書きには、「ぬるくするのは露天風呂の方でやってください」とも書いてある。熱い湯にこだわる客が多いので、内湯は熱いままでということなのだろう。
 ここの黒湯は透明度3センチほどで、溝の口、宮前平の黒湯に比べてさらに黒みが強いように感じる。ほとんど醤油並みと言ってもいいほど真っ黒だ。
 アルカリ性重曹泉の冷鉱泉なので、湧かしている。加熱循環併用型の恐れはあるものの、ほぼ掛け流しといっていい。
 ヌルヌルした肌触りは溝の口、宮前平とほぼ同じ程度。「溝の口温泉」からたった600メートルという近距離なので、泉質的にはまったく一緒なのではと思う。
 しかし、あちらは源泉温度41.3度なのに、こちらは19.8度とかなり冷たい。一体どうしてこんなに温度差があるのだろうか。
 わたしは黒湯に浸かりながら考えた。結論は、掘削深度の違いというものだった。
 千年温泉は30年前に井戸を掘っていて、たまたま温泉が出たというもの。深度は百数十メートルというアバウトな数字だが、井戸としては深い方かもしれない。しかし、百数十メートル・・・仮に150メートルだったとしても、平地で熱いお湯を出すには浅い。
 一方、溝の口温泉は1,800メートルまで掘っている。そこまで掘れば平地でも高温泉が出るので、なんの問題もない。同じ湯だまりから掘っても深度が違うため、温度に差があるということではないだろうか。
 こちらは露天風呂。名前こそ露天だが、実際は室内にある。天窓がぽっかり空いているだけの、なんちゃって露天風呂なのだ。
 本当に庭園みたいな庭にでもあればポイント高いのだが、なにしろ430円の銭湯価格なのだから贅沢は言わない。
 内湯からここへちょっと移動するだけでも気分が変わって、けっこう長くいられるものだ。
 源泉の出る蛇口はこちらにもあって、誰もいないときはドバドバ出してお湯を新鮮なものに入れ替えながら浸かることができた。
 他の人も同じことを考えるようで、おばさんが一人でこっそり大放出していたこともあった。わたしが行くと慌てて蛇口を閉めていたが、あら止めなくてもいいのに、と思う。
 しかし、あれだけ源泉を注いでも、湯温はなかなか低くならない。加熱したお湯が浴槽内からも出ているからだ。
 銭湯ではぬるくすると怒る常連さんがいる。しかし、熱い湯は体に悪いというのが近年の常識。エネルギー高騰の昨今、思い切って露天風呂だけはもっとぬるくしてもいいのではないかと思う。
 わたしは露天で暖まった後はサウナ用の水風呂に浸かって冷ましていた。
 そして、また露天へ。移動を繰り返し、1時間以上は過ごした。温泉でこんなにゆっくり過ごせて430円とは、本当に嬉しい。
 銭湯ムードいっぱいで温泉も味わえる千年温泉、かなり気に入ってしまった。ぜひまた行きたいものだ。
 千年温泉を出ると、外は真っ暗になっていた。どこかのお店からカラオケの演歌が流れている。
 駐車場へと歩いていく途中、焼き鳥の匂いが漂ってきた。
 外の環境も施設内も一種独特のムードで、かなり癖になりそう。こういう商店街や銭湯は末永くいつまでも残っていてほしいと願うばかりだ。
 わたしは車に乗りこみ、練馬の自宅へと帰っていった。来週はどこの温泉に立ち寄ろうかと考えながら。
 
 ところで、このレポは連載になるのだろうか? 未だに不明である。



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