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昼食を終えたわたしたちはホテルに戻り、いったん休憩をとった。
実は新婚さんグループと6時にスペイン広場で待ち合わせをしており、また地下鉄に乗って出かけることになっていた。
わたしはフェラーリ・ショップを探したかったので、ちょっと早めの4時過ぎにホテルを出発し、地下鉄テルミニに降りた。 |
さっき乗ったのはB線だったが、今度はA線である。案内の標識がちゃんとあるので、わかりやすい。
テルミニ駅から3つ目のスパーニャ駅で降ればスペイン広場に出る。
この広場は映画「ローマの休日」でアン王女がジェラートを食べながら座りこむ場所としてあまりにも有名。しかしながら現在は広場での飲食が禁じられているという。きっとアン王女の真似をしてジェラートを食べる人が後を絶たなかったのだろう。 |
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いや、それにしても物凄い人、人、人。これまでの観光はオフシーズンだったため、どこも空いていた。ここは初めてと言ってもいいほどの凄い人混みだ。
それに意外だったのは、思ったより狭いということ。もっと横に広いかと思っていたが、横より縦に長い階段だった。
さて、この広場の名称は、17世紀に広場前に教皇庁付きの大使館が建てられたことに由来している。階段の上にはトリニタ・デイ・モンティ教会が建ち、その前にはオベリスクが建つ。
しかし、そのオベリスクは現在改修工事中で見ることができなかった。
広場から教会までは137段の階段が続く。正式にはトリニタ・デイ・モンティ教会の階段「スカリニータ・デッラ・トリニタ・デイ・モンティ」という。余談だが、「スカリニータ」とはミラノのスフォルツェスコ城の所でも紹介したように、「階段」を意味する単語だ。 |
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階段下の広場にあるピエトロ・ベルニーニ作「バルカッチャの噴水」。弱い水流を噴水にするため、道路の地面から掘り下げられた所に造られている。
この噴水、沈没しかかった船を表しているとか。なんでよりによって沈没船なのか・・・。 |
噴水からスペイン広場の階段を見たところ。人が多すぎて階段がよく見えない。
朝一番に来ると人が少なくて、広場を独占できるらしい。 |
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いったい何のイベントか不明だが、階段下の広場では楽団が音楽を奏でていた。 |
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なんか「シャーロック・ホームズ」に出てくるお巡りさんみたいなユニフォームだなあと思って見ていたら、くるりと向けた背中に「Pollizia」の文字が。あらっ、やっぱり警察官だったのか。
いや、「シャーロック・ホームズ」はイギリスなのだが・・・。
ところで目的のフェラーリ・ショップ、周辺に何本もある通りを隈なく探し歩いたのだが見つからない。おみやげにTシャツを買いたいのだが、カプリ島で見かけたコピーものでいいからと思ったものの、それもない。 |
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そうこうしているうちに日が落ちた。今度はクラシカルな衣装を身にまとった若いグループが現れ、旗投げのパフォーマンスを始めた。
旗投げって、ご覧じだろうか。わたしは宝塚歌劇団の舞台で見たことがあるのだが、旗をくるくる回したり、放り投げて相手と交換するといった演技である。スイスやイタリアで大変盛んだと聞いている。
それにしても、今日はいったい何の祝賀の日なのだろうか。 |
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ツアーの人たちとの待ち合わせ時間まで、まだ45分もあるので、階段のてっぺんまで登ってみることにした。
画像はそこからの眺め。
突きあたりのビルの角が新婚さんたちとの待ち合わせ場所だ。 |
先にも紹介した、階段の上にあるトリニタ・デイ・モンティ教会。「丘の三位一体教会」という意味の名前で、1502年にフランス王ルイ12世(1462年〜1515年)の命により建設された。
先代シャルル8世が開始したイタリア戦争をルイ12世も継承し、当時のイタリアには部分的ながらも支配力を保持していた。これはフランス人のために造られた教会だという。
ちなみにフランス・ロワール地方のシャンボール城を造営したフランソワ1世はルイ12世の娘婿で大叔父だ。 |
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ちょっと失礼して中へ。身廊はひとつ、すっきりとして綺麗な礼拝堂だ。
16世紀のフレスコ画が残るという。 |
最後のディナー |
時間が余ってしょうがないので、あと10分あったが待ち合わせの場所に行ってみる。すると、新婚のTさんがフェラーリ・ショップの赤い紙バッグを提げて立っているではないか。
「フェラーリ・ショップ、どこにありました?」と勢いこんで尋ね、場所を教えてもらう。先ほど隈なく探したつもりだったが、ブランドショップが建ち並ぶ目抜き通りを忘れていた。
まだ全員が揃っていなかったので、わたしは猛ダッシュしてフェラーリ・ショップに向かうことにした。
待ち場所からは5分ほどの距離だったが、すごい人混みでなかなか真っ直ぐに進めない。
おまけに店のレジ係の仕事が異常に遅い。
行列ができているにも関わらず、他の従業員はまったく手伝おうともしないのにはイライラ。おらおら、少しはセブンイレブンを見習え。
おまけに、他の従業員がレジ係に何か訊きにきたりして、会話がなされるたびに作業は中断。
イタリア人は喋りながら作業するということができない人種なので、見ているこっちのイライラはさらに募る。
が、どうにかこうにかTシャツ3枚を購入し、再びダッシュして待ち合わせに戻る。
完全にビリだったので平謝りに謝り、いざレストランへ。 |
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適当にゾロゾロ歩いて、ここいいんじゃな〜い? というところに入る。
奥に細長い構造の店で、奥に8人席を陣取る。
まずはスパークリングワインとビールで最後の夜に乾杯。この人たちとも明日でお別れとは、本当に寂しい。 |
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メニューはイタリア語と英語が並記されたものだったが、よくわからないので適当にパスタを頼んでみた。長い麺ではなくペンネだった。
味はとてもよかった。
下の串ものは他の人が頼んだもの。お肉は硬くてパサついていた。 |
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最後に頼んだティラミス。 |
お店から出る面々。息子は満足そうな笑みを浮かべ、上機嫌だ。
わたしもワインでほろ酔い状態、かなり浮かれていた。が、楽しかったのはその時まで。ホテルへと歩いて戻る道の半ばで大変なことに気づいてしまった。
なんと、フェラーリ・ショップの袋を椅子の下に置き忘れてしまったのだ。
が〜ん。どうしよう、きっともうないよね、だってここローマだもん。いや待て、念のために戻ってみよう。もしかしたらまだあるかもしれない。
でも、お店の場所がわかんないよ。だって、わたし酔ってるんだもん。
すると栃木のK君が「オレ場所覚えてる、一緒に行ってあげるよ」と嬉しいお申し出。
おおお〜ありがたや。君っていいヤツだなあ。拝まんばかりにK夫妻の後について店へUターンするわたしと息子。
四人で店へ戻り、応対に出た従業員に英語で「バッグを忘れました」(出展:トラベル英会話帳)と言う。すると心得た店員が出てきて、収納扉の中から赤い紙バッグを出してきた。
おお、まさにフェラーリ・ショップの赤バッグっ! 中身もちゃんと揃っていた。嘘みたい。
ってなオマケがついてしまったが、なんとか無事にホテルへ帰り着くことができた。K君夫妻にはホント感謝。
だが、これで「ママは忘れ物名人」という不名誉なレッテルが貼られてしまった(ママってわたしのこと。ツアーで唯一の子持ちだから)。
翌日のローマ空港で、誰かが搭乗ゲートの椅子に土産物の袋を忘れ、飛行機内で呼び出しがかかった。それを聞いた新婚さんたちは「またママだよ〜」と口々に言っていたとか。
結果的にわたしじゃなかったので、忘れ物は誰でもするじゃん、と開き直ったりして。 |
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