ヴェネツィア観光 
サン・マルコ広場
 サン・マルコ広場はヴェネツィアの中心的広場で、「世界一美しい広場」とナポレオンが大絶賛したそうだ。
 ドゥカーレ宮殿やサン・マルコ寺院、アーケードのある建物に囲まれ、共和国時代は祭礼や公式行事の場であった。
 ちなみにパリのコンコルド広場も世界一美しい広場として有名だ。エジプトから贈られたオベリスクと噴水の景観は夕暮れ時が特に美しいが、車がひっきりなしに走り抜けるのが難点。
 その点では、サン・マルコ広場に軍配が上がるのではないだろうか。
 右上の画像の突き当たり、赤い幕がかかっているあたりは思いがけず高級ブランドショップが並び、エルメス、ルイ・ヴィトンなども軒を連ねている。
 振り返るとサン・マルコ寺院、右に高くそびえるのは大鐘楼。その右の建物が図書館、向こう側の陽に当たっている建物がドゥカーレ宮殿だ。
 広場にはとにかくもの凄い数の鳩、鳩、鳩。鳥嫌いの人は絶対来られないだろうなあ。
 イタリア人の男性が餌を買い求めて撒いていたら、頭から肩から背中から鳩まみれになっていた。ヒッチコックの「鳥」さながら、まるで襲われているかのようだ。
 うちの息子も面白がって鳩の群れに分け入っていく。その動きに従って鳩全体が同時に右へ左へと逃げるので、まるで海の波を見ているよう。しかし、餌を持たない息子はまったく相手にされなかった。 
 ふと、ここに猫を放したらどうなるだろう。と、イタズラ心が頭をもたげてしまった。
 【2008年3月追記】
 フン害問題が浮上したサン・マルコ広場では、とうとう餌の販売が禁止となった。鳩のフンにより建物の大理石が痛むという被害の他、フンの清掃費用にも税金が使われ、近年はウィルス被害も心配されるためだ。
 海に面した側はサン・マルコ小広場と呼ばれ、2本の柱の上にはそれぞれサン・マルコの獅子像と聖テオドーロの彫像が立っている。
 中世の頃にはこの柱の間に死刑執行台が置かれていたため、ヴェネツィアの人は縁起が悪いとして柱の間を通り抜けないという。
サン・マルコ寺院
 広場の奥の方から眺めたサン・マルコ寺院。
 829年、アレキサンドリアから持ち帰った聖マルコの聖遺骸を祭るために建立された。
 モスク風の丸屋根がオリエント様式を思わせる。
 最初は今のドゥカーレ宮殿の位置に建っていたが、数年後この位置に移り、976年の暴動によって消失している。その後、2度ほど再建しており、現在の姿になったのは1090年代頃である。
 ロマネスク様式を基本にピザンチン建築を取り入れ、ギリシア十字式の平面型になっている。
 オリエント情緒豊かな5つのドーム状の屋根は13世紀に造られた。
 正面入り口の上部にあるアーチ上にはかつて黄金に輝いていたブロンズの馬が4頭、置かれている。紀元前4世紀頃のギリシアの作品。
 1204年、総督エンリコ・ダンドロが第四次十字軍の戦利品としてコンスタンティノープルから持ち帰り、1250年にこの場所に置かれた。
 さらに正面のアップ画像。ブロンズの馬が4頭、見えるだろうか。
 1798年、ナポレオンはこの馬の像をチュイルリー宮の庭に置こうとパリに持ち帰ってしまった。
 元々ぶんどってきたものには違いないが、それにしても他国の、それも神を祭る寺院に飾られているものを持ち去るなんて、やっぱりナポレオンて奴はやることが卑しい。
 彼が失脚したのちの1815年、4頭はヴェネツィアに返還された。
 2つの大戦の時期は大切に保管されていたが、保存状態が悪化してきたため全面的な修復が施され、現在は寺院の美術館に保管されている。
 つまり、現在入り口上部に置かれているブロンズ像は複製というわけだ。
 今度再びヴェネツィアを訪れるときは、ぜひ美術館の方にも足を運んでみたい。
 そして、その馬の像の下、ドアの上の絵はモザイクで描かれた「最後の審判」である。 
 内部もモザイクがちりばめられた華麗な空間である。金箔もふんだんに使われ、とにかくきらびやか。
 ガイドさんの話を聞いていると、大理石の柱とか床のモザイクとか、けっこう他国からぶんどってきてものも多いようだ。ナポレオンだけじゃなかったのね。
 こちらの床も地盤沈下によって一部歪んでいたし、柱にくっきりと水のあとが付いているのが印象的だった。
時計塔
 1496年から1499年にかけて建てられた時計塔。両翼の建物は完成後に建て増しされた。
 塔の屋上はテラスになっており、鐘が置かれている。かつては二人のムーア人のブロンズ像がハンマーで鐘を打ち、時を告げていた。
 テラスの下にはヴェネツィアの紋章である有翼のライオン像、さらにその下はキリストを抱くマリア像がある。 
 キリスト昇天祭がある一週間は、マリア像の両サイドにある扉から天使を筆頭に東方三博士が1時間おきに出てきてマリアに礼を捧げるという、凝った仕掛けもある。
  
 目が覚めるようなコバルトブルーの時計盤には金箔が施された12星座が配されている。
 1400年後期の作品で、1757年に修復された。
ヴェネツィアン・ガラス工房
 次に、ヴェネツィアン・ガラス工房見学。
 ガイドさんに連れられて、初めて小運河がはりめぐらされた市街地の中を歩いた。
 いたるところに小運河と橋が見られる。
 そして海側の方には先ほど見学した「ためいき橋」の白い姿が見えた。
 連れて行かれたガラス工房では、熱せられた炉が白っぽい光を放っていた。
 これから職人のなんとかさんが実演を見せてくれるという。
 おじさん、熱くなったガラスをピンセットでちょいちょいちょいと摘みあげ、こっちを引っ張りあっちを捻りつつ、ものの数十秒でいとも簡単に前足を跳ね上げる馬を創りあげた。
 見物していたわたしたちは「おおー」と声を上げ、拍手。
 で、次に奥のお店に連れて行かれ、日本語を話すイタリア人男性の店員さんによるヴェネツィアングラスの紹介が始まった。
 店員さんがテーブルの上にグラスを叩きつけるようにして、「ほら丈夫でしょ」みたいなパフォーマンスを披露する。美しい細工が施された、100ユーロくらいのタンブラーだ。
 確かにいいものらしいが、誰も買おうとしない。皆さん、なんだか冷めた雰囲気だ。 
 それもそのはず。
 実はわたしたち、ミラノでヴェネツィアン・グラスの免税店に連れて行かれて結構買っちゃってるのよね。
 そのときは「次にヴェネツィアに行くんだしぃ・・・」と思って買うのをためらったが、販売員さんに「ヴェネツィアで買ったらかなり高い。こんな値段では買えない」と言われたので、まあ騙されたと思ってぐい呑み程度の小さなグラスを2つ買っておいたのだ。
 つくづく、買っておいてよかったと思った。
 ミラノでは一つ40ユーロだった「ぐい呑み」が、こちらではなかなかよいお値段だった。(正確には忘れてしまった)
 品質はこちらの方がいいのかもしれないが、そこまでの違いはわたしにはわからない。
 でも、本場ヴェネツィアで一つもグラスを買わなかったというのも少し寂しいかも。
 ←店内に掛かるシャンデリアも売り物。数千ユーロの値札が付いていた。
 そう言えば、これと同じようなものをカゼルタ宮殿で見たっけ。あれも確かヴェネツィアングラスだった。
 さて、ここからわたしたちは自由行動となっていた。
 店内でゆっくりお買い物するのもよし、店外に出て街を散策するもよし。わたしは他の人たちと一緒に店を脱出することにした。
 先ほどの工房を通り抜けると、同じ職人さんがガラス細工の制作を披露していた。客はやはり日本人グループだ。おそらくツアー会社と契約して、売り上げに応じてリベートが支払われるんだろうなと思った。
 わたしたちは街へと歩き出した。
 あらかじめ添乗員さんから見所と歩くルートを記した地図をもらっており、行きたい場所はだいたい決まっていた。
 息子は大鐘楼に登りたいと言うし、わたしはリアルト橋にも行ってみたい。
 現在10時10分。集合時間は11時50分、サン・マルコ広場だ。1時間40分もあるし、まあ慌てることもあるまい。
 だが、観光客が増えてきてエレベータに行列ができたら嫌なので、まず先に大鐘楼に登ってみることにした。


- 戻る - 次へ - 秋のイタリア四都市周遊の旅Topに戻る - 海外旅行記Topに戻る -


[平成11年Top] [平成12年Top] [平成13年Top] [平成14年Top] [平成15年Top] [平成16年Top] [平成17年Top]
[平成18年Top][県別キャンプ地一覧][県別温泉一覧] [トレーラーってなに?] [子どもと一日遊べる場所][掲示板][HOME]

Copyright(C) 2002〜 Clara 画像、記述内容などすべての転用を禁じます。