3日目Prat2 ソレントへ
カゼルタ宮殿見学を終え、次に向かうのはソレント、さらにその先のアマルフィ海岸。
ソレントというと、これまた学校で習ったカンツォーネがすぐに思い浮かぶ。「帰れソレントへ」である。出だしがわからなくても、最後の「かえーれよー」という部分だけは知ってる、という人も多いのではないだろうか。
そのソレントという街、ナポリより南にちょっと突きだしたソレント半島の先端近くに位置する。切り立った崖の上に広がる街で、風光明媚な保養地として知られている。
ナポリからソレントへと続く道は景色は抜群。だが、ガードレールもロクにないうねうね道の連続で、非常にスリリングだ。
イタリアやギリシャでは「落ちる方が悪い」という考えが強いらしく、足がすくむような絶壁の道路でもガードレールがないことが多い。ギリシャで山越えしたときも、「神様、バスのドライバーさんが無謀運転しませんように」と急に信心深くなったものだ。
これは、途中見かけた小さな街。
このあたりの漁港には中東まで航海した船乗りたちが多く、イスラム風の寺院が建てられた。それにしても、イタリア人というのは崖っぷちに街を築くのが大好きな国民だなぁ。
電車には隈なくペイントが施されており、最初見たときは「あらキレイ〜」と思ったが、よくよく見るにつけ、ただの醜悪なラクガキだと判明した。
イタリアは、とにかくラクガキの多い国。ガード下やビルの壁などは格好のキャンバスだ。国民の方にも美観を保とうという姿勢があまりないので、こんなとんでもない電車が堂々と走っているわけなのである。
半島の先端が見えてきた。ソレントはもうすぐ。沖合には、ソ連時代、西側に亡命したバレエ・ダンサー、ヌレエフが所有する島が浮かんでいた。
世界遺産に指定されているアマルフィ海岸は先端の向こう側だ。
アマルフィ海岸はイタリアはカンパニア州サレルノ県、ソレント半島南岸の海岸。世界一美しい海岸と言われ、1997年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
ソレントに到着した。
お昼ご飯は、この「タッソ」というレストラン。ソレント生まれの叙事詩人にちなんで名付けられている。
前菜。ぱりぱりと香ばしい、しょっぱいピザのようなものだった。ワインのおつまみのようなものか。
わたしたちは白ワインを注文したが、同席したご夫妻に赤ワインをご馳走になった。3日目ともなるとすっかり打ち解けて、どなたと同席しても楽しいひとときだ。ワインをついだりつがれたりしながら、美味しい昼食が進む。
トマト味のペンネ。とても美味しかった。
レストランのお隣にあった化粧品や雑貨のお店。お昼が終わったら買いに行こうと話していたが、なんとシエスタで閉まってしまった。
残念無念、シエスタの馬鹿〜!!
ところで、食事が終わったところで、添乗員さんから残念な知らせがあった。
この先の道路が崖崩れで通行止めとなり、アマルフィ海岸の中心とし、アマルフィには行けなくなったそうだ。
ポジターノへ
そこで、アマルフィより手前の街まで行き、Uターンして戻ることになった。
ここはポジターノという街の手前にある展望台のようなスポット。
このポジターノからアマルフィを抜け、ヴィエトリ・スル・マーレへと至る一帯が「アマルフィ海岸」と呼ばれている。イタリアに来て見た世界遺産は、これで4つになった。
オレンジが美味しそうだったので、一個買うことにした。どうやら量り売りだったようで、あやうく1キロ買ってしまうところだった。
レモンチェッロというお酒や薬味の入ったオリーブオイルなどが安かったので、お土産用にいくつか購入した。カプリ島より安く買うことができた。
店先の猫ちゃん。撫でると、「にゃっ」と小さく鳴いた。「邪魔しないでよ」と言われた気がした。きっと箱入り娘なのだろう(はみ出してるけど)。可愛かった。
斜面に張りつくようなポジターノの街並み。
画像だとさして険しいという印象は受けないが、実際に見ると、かなりな急勾配に建物がぎっしり詰まっているという感じ。
安全性は保証されているのだろうか。このあたりは地震がないと言うけれど・・・。
ひととおり写真を撮り終えると、わたしたちは再びバスに乗りこんだ。
Uターンして引き返し、またソレントを通って、次の滞在先、アルベロベッロへ約319キロの大移動となった。
アルベロベッロへ
ソレント半島を離れ、ナポリから出ている幹線道路に乗ってイタリアを横断する。
イタリアの国土をブーツに例えるなら、ナポリは足の甲からスネの部分。そして、これから向かうアルベロベッロは踵のちょっと上、アキレス腱に当たる箇所になる。
途中、ナポリやポンペイからさんざん見てきたヴェスヴィオ山を反対側から見る機会もあった。富士山はどこから見ても富士山だが、ヴェスヴィオ山は違う。最初違う山かと思ったくらいだ。
とにかく、ここまでのわたしたちは天気に恵まれていた。添乗員さんによると恵まれすぎ、というくらいに恵まれていた。
南イタリアというと、「いつもからっと晴れていて、いつも空が青くて、ヴェスヴィオ山が見えていて、海の向こうにはカプリ島が見えるものだ」ぐらいに、わたしたちは思っていた。
しかし添乗員さんによると、実はそうでもないらしいのだ。雨ばかりのツアーもあって、「晴れていればあのあたりにヴェスヴィオ火山が・・・」と説明しても、ツアー客の気の乗らない様子といったらもう絶望的。バスの中でポンペイの歴史について話をしても食いついてこず、皆眠ってしまうのだとか。それに比べると、わたしたちは格段にラッキーだった。青い空に蒼い海を当然のごとく享受し、カプリ島では「青の洞窟」に入れた。崖崩れというハプニングはあったが、その分、早くアルベロベッロに移動できたと思えば、それも幸運だったかも知れない。
バスは標高の高い土地を延々走り続けた。そして途中から景色が変わり、ひたすら緑の草原となる。Windowsの標準壁紙にもなっている草原と、とってもそっくりな光景だ。
プーリア州に入ると、また景色が変わってくる。「プーリア」とは「貧しい」という言葉から来た名前で、石の多い文明だ。緑の草原からオリーブ畑へと景色は変わり、ところどころアルベロベッロのトゥルッリのような石の屋根が見られるようになっていった。
午後8時過ぎ、ようやくアルベロベッロにあるホテル、アストリアに到着。
こぢんまりとしたホテルで、ロビーもこんな感じ。
部屋も少々狭めだ。
荷物を置いて、ようやく夕食タイムとなった。
ワインは白のフルボトルを注文。疲れたせいか、けっこう酔ってしまった。
下は耳たぶのパスタ。下左は、イタリアに来てからずっと同じ魚のグリル。彩りはよいが、魚がぱさっとしていて、ちょっとね。こういう魚料理は日本の方が美味しいんじゃないかな?
夕食を終え、部屋に戻った。
窓から外を覗いてみるが、観光地のホテルだというのに、周りにはなにもない。日本だったらコンビニや土産物店が軒を連ね、こうこうと明かりを灯しているはずだ。街灯も暗めで、ナポリ同様、出歩きたくなるような雰囲気ではない。
ガソリンスタンドはかろうじて開いているみたいだったけど、南イタリアの人って商売っけないなぁ。
シャワーに入ると、またもやばたんと寝入ってしまった。移動が多いと、疲れるなぁ。
明日はイタリア最後の日。アルベロベッロ、マテーラを観光した後、バーリの街からフェリーに乗ってギリシャに移動する予定である。

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