10日目 帰国へ |
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「無名戦士の碑」で衛兵の交代式を見た後、街を散策しながらホテルへ戻った。
途中、マラソン大会が行われいて、一時封鎖された道路は大渋滞。前へ進めないドライバーたちはいらいらとクラクションを鳴らす鳴らす。最前列にはバイクがずらりと並んで、今にも飛び出しそうな勢いだ。それにしても、ノーヘルの人が相変わらず多い。平気なのかなぁ。
12時20分、ホテルのロビーに全員集合。一組だけ、急用が発生したため今朝の第一便で帰国されたご夫婦がおられた。最後の日にお会いすることが出来なくて残念だった。
バスに乗り、アテネ空港に向かう。
周囲に高いビルもなく、のどかな風景が広がったローカルムード漂う空港である。 |
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空港のポーターさんがやって来て、バスから出したスーツケースを運んでくれた。
だが、これがまた雑な山積み状態。側面の支えもないものだから、一番上にあったわたしのスーツケースは見事に転げ落ちてしまった。
「あ”〜っ!?」
悲鳴を上げてMyスーツケースに駆け寄ると、なんと無惨にも角がへしゃげているではないか。だが、ポーターさんは悪びれもせずに拾い上げ、さっさとチェックインカウンターに持っていった。
添乗員さんのスーツケースもさんざん壊れまくり、そのたびに修理を繰り返しているのだという。特に外国の飛行機会社は放り投げるそうだから、無理もない。
それにしても、Myスーツケースはおニューなのよ、おニュー。大事に扱ってちょうだいね。
※補足:この後、ちゃんと修理してもらいました。 |
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アリタリア航空、アテネ発-ローマ行きの便に乗りこむ。
初日にミラノからナポリに乗り換えたときと同じ、小型の旅客機である。
運良く窓際の席となり、外の景色を楽しむことができた。 |
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窓から見たギリシャの海岸線。美しい海の色ともこれでお別れだ。寂しくて、いつまでも眺めていた。 |
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機内で出された軽食。ハムを挟んだバーガータイプのパンと、甘いケーキ。上に乗っているジャムが甘くて、下の部分だけ食べた。 |
ローマ・フィウミチーノ空港 |
約1時間後、次第に高度が下がり、いよいよイタリアはローマに着陸となる。来たときはミラノ、帰るときはローマ。初めてのローマに胸が沸き立つが、残念ながら観光はできない。ただの乗り継ぎ地なのである。
添乗員さんによると、それでも6時間以上の時間があれば、外に出てローマ市内に行くこともあるのだという。今回、成田行きが出発するのは21時。とても観光に出られる時間はないのだそうだ。 |
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| でも、やっぱりローマ観光したいっ! 次は絶対、ローマに滞在するぞー。 |
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出発ゲートに入るまで約4時間弱あるため、ゆっくりたっぷりお買い物ができる。
おお、待ちに待った免税店だぞ。ここで一時解散となるや、脱兎のごとくデューティフリー・ショップに駆け込んだ、サユちゃんとわたし。
化粧品はかなり種類が豊富で、長時間じっくりと楽しめた。あと、ワインやチーズなども購入。しかし、レジでいちいちパスポートと搭乗チケットを見せなければならないのは、ちと面倒である。
それにしても、イタリア女性というのはとっても威張っていて愛想が悪い。男の人は優しいんだけどなー。
さて、サユちゃんとわたしはそれぞれの買い物に忙しく、途中から別行動になっていた。
そこへ、ふらっと添乗員さんが現れ、耳寄り情報を伝えてくれた。わたしたちが搭乗するゲートはCターミナルで、そこへはモノレールに乗っていかなければならない。と、そこまでは聞いていたが、実はそのCターミナルに新しいブランドショップがたくさん出来ているということを、ツアー客の皆に伝えるため、わざわざ戻ってきたというのだ。 |
わお、これは今すぐ行ってみなくちゃ。わたしは色めき立ち、予定より早めにCターミナルへ向かうことにした。だが、相棒のサユちゃんは未だ、ここAターミナルのブティックで引っかかっていて、すぐには移動できない。
わたしは先に行ってるよ、と言い残し、新たに購入したワインが入った重い袋を抱えつつ、 モノレール乗り場へと急いだ。すると、都合の良いことに、再び添乗員さんに遭遇。一緒にエスカレータを登って移動することができたで心強かった。
それにしてもモノレールのホームに出て、とても驚いた。モノレールというか、本当に電車なのだ。椅子はほとんど無い。乗っても3分ほどの乗車だから、あっという間にCターミナルに到着する。
しかし、これは大きな落とし穴だと思った。Aターミナルのメイン通路には、ただ「C21〜31GATE」はこっちという矢印があるだけで、一見しただけではモノレールに乗るなんてことはわからない。すぐそこが搭乗ゲートなのだろうと思いこんでのんびり食事などをし、出発時間ぎりぎりまでAターミナルに留まって乗り遅れるということもあるかも知れない。よくわからない空港での搭乗には、こうした注意が必要だということを改めて感じた。 |
Cターミナルは新しい建物だけに、現代的なデザインでとても綺麗だ。
デューティフリー・ショップの他、おもちゃ屋さん、軽食屋さん、エルメスなどのブランドショップがある。スナック、ジュースなどの他、奥にはセルフの軽食コーナーがある。
わたしはここでジュースを買って最後の11ユーロを使い果たすと、搭乗ゲートに行った。そこには見慣れたツアーのお仲間たちの顔が並んでいて、ホッと一安心だ。
だが、肝心のサユちゃんがまだ来ない。もしかしたら、モノレールに乗るという話を聞いていなくて、ギリギリまで向こうにいるのかもしれない・・・。搭乗時間が迫る。どうしよう、迎えに行こうかしら。そう思ったとき、やっとサユちゃん登場。やっぱり行き方がわからなくて、人に聞いて来たのだとか。はあ、やれやれ。 |
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飛行機の中 |
飛行機はバスに乗ることもなく、ゲートからそのまま搭乗できた。これは楽ちんだった。
チケットはアリタリア航空となっているが、わたしたちの機はコードシェア便といって、日本航空の機材、乗務員による運航だった。つまり、JALの飛行機だったの である。フライトアテンダントさんも日本人ばかり。飲み物や食事のサービスの時も丁寧で優しい接客で、安心できる。
食事時には、後ろの人のためにシートのリクライニングを元に戻すよう促しており、そういうことのしなかったアリタリアに比べると、やはりキメ細かい心配りがあるなと思った。
左は夕食のチキンカレーライス。他にサラダ、お蕎麦など。久しぶりの味に、たいへん美味しくいただいた。
食べてワインを飲んで、あとは寝る。
JALはアリタリアに比べて座席の幅が狭いと聞いていたが、さほど気になる程度ではなかった。前の座席との距離も同じくらい。行きの便では周囲を別のツアーに囲まれていたが、帰りの今、周囲は親しくなった同行者たち。隣の方とおしゃべりしたり、眠ったり、行きに比べるととても快適なフライトだった。 |
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アリタリアでも個人用ディスプレイはあったが、やはりJALのものの方が格段に使いやすい。
映画は「Shall we dance?」など上映していたが、冒頭から観るタイミングを失してしまい、二度目の上映も結局観ることができなかった。
で、多くの時間をソリティアというカードゲームで過ごしたり、機外カメラで雲を眺めたり、ナビゲーションマップで地図を見たりしていた。 |
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寝て起きると、今度は朝食のサービスが始まった。
スクランブルエッグとポテト、ソーセージ。暖めてあって、これも美味しかった。
成田到着時間は、午後4時15分。まだまだ時間はある。
またワインを飲んで、寝る。身体や首が痛くて、あるいはお尻の痺れで目が覚める。トイレに立つ。また寝る。これの繰り返しで、時は過ぎていった。 |
そして、とうとう成田に到着した。11時間と長いフライトだったが、往路より1時間短かったし、到着1時間前には機内で化粧品を買 ったりして、男性のアテンダントさんとの会話も面白く、最後の方はあっという間だったような。
そして振り返ってみれば、この10日間も実にあっという間だった。その間、天候には恵まれっぱなしだったし、添乗員のK氏は面白かったし、同じツアーに参加したご夫妻たちもみんないい人たちばかりで、本当に楽しかった。
もうこの人たちに会えないのか・・・と思うと、まるで家族と離ればなれになるような寂しさすら覚えたものだ。
また同じメンバーでツアーに行けたらなぁ・・・なんて、あり得ないことを思い描いたりして。
そして、イタリア。犬の糞とゴミだらけの汚い街に、あまり一生懸命働かないテキトーな民族の国だが、彼らは大らかで女性に優しく、人生を楽しむことを知っている。
昼食は30分、やることがなくても残業、有給休暇も育児休暇も消化しないであくせく働かないと出世できず、イライラせかせかと歩くせっかちな日本人。2時間かけてお昼を食べ、シエスタをし、夏は1ヶ月の長期バカンスを取る、そんなイタリア人のゆとりライフを少しは見習いたいものである。
そして、神話と遺跡の国、ギリシャ。また10年くらいして再訪したら、柱がゴロゴロしていたアクロポリスも少しは補修が進んで、神殿の一つや二つ、堂々再建が成っているかもしれない。その時が楽しみだ。そして、二度と戦争で遺跡が破壊されるということのないよう、願ってやまない。 |