9日目Prat2 アテネ市街自由行動〜帰国
いよいよ最終日。帰国の日となった。長かったような、あっという間だったような、南イタリアとギリシャの旅。前半は非常に慌ただしくて余裕もない旅だったが、後半にいたってようやくのんびりした行程となった。
飛行機に乗る時刻が午後3時なので、午前中はゆっくり自由行動ができる。
日曜日の今日、サユちゃんとわたしは朝9時にホテルを出、初日に昼食を摂ったプラカ地区へと目指して歩いた。途中、ところどころにある売店で絵ハガキを買ったり、ちょっとしたスナックや土産物を買ったりした。
そんな売店で見つけた、思わず大笑いの”18禁”の絵ハガキがこれ。オリジナルでの公開がはばかられるため、ボカシを入れてみました。(笑)でも、買ってないよ。写真に撮っただけ。ボカシの位置で、状況をなんとなく察してください。
イタリアでもそうだったが、ごく普通の土産物屋で、こうした露骨な写真や性的な写真(壁画に描かれているような男女や、ガイコツのカップルがほにゃららしている)とかが平気で並べてあったりする。街の巨大広告もかなりセクシー&挑発的な写真が多く、その手のものに対しておおらかな国民性が伺える一例である。
オリンピア・ゼウス神殿
ギリシャ最大級の神殿で、大きさではパルテノンを上回っている。
わたしたちが宿泊したロイヤル・オリンピックから徒歩数分の所にあり、プラカ地区に向かう前に立ち寄ってみた。しかし、ゲートが開いていなかったので、中には入れなかった。ガイドブックには「休日なし、2ユーロ」と書いてあるが、やっぱり日曜日は休みなのだろうか。
この神殿、アテネの濳主ペイシストラトスにより紀元前6世紀に着工されたが、中断を繰り返し、完成したのは650年も後のローマ皇帝ハドリアヌスの時代だった。
神殿内には金と象牙のゼウス像が安置されていたという。104本あったコリント様式の柱のうち、15本が残っている。柱の高さは17m、床面積は96m×40mと想定される。
残されているものが少ないせいだろうか、市街地にあるわりには、注目度が低い神殿のような気がする。デルフィのアポロン神殿やアテナの聖域、アクロポリスのパルテノン神殿やアテナ古神殿、スニオン岬のポセイドン神殿などは有名で主要な観光地だが、このゼウス神殿はガイドブックでの扱いも小さい。
アポロンやアテナの父であり、ギリシャの神々の頂点に立つゼウスの神殿があまり注目されないというのも、なんだかちょっと面白い。
遺跡
プラカ地区へ歩いていく途中のアマリアス通りにあった遺跡。
歩道の一角にいきなりあるのが、いかにも遺跡の街アテネらしい。上から覗きこむような形になっていて、写真付きの説明パネルもあったが、ギリシャ語でどういう遺跡なのか、いつ頃のものなのかは不明。おそらく道路工事の途上で発見されたのだろう。生活の名残も伺え、ここで暮らしていた人々のことを想う。
プラカ地区
アマリアス通りを北上し、シンタグマ広場を前にして左に折れてエルムー通りへ。ここはショッピング・ストリートで、高級ブランドというよりヤングブランドが多い。わたしたちが目指す「フォリフォリ」も、このエルムー通りに2軒ある。
ところが、地図と実際の地形がなかなか一致せず、ここを曲がるのか、次の角を曲がるのか、よくわからない。折良く、目の前に白バイを停めて立ち話をしている二人のお巡りさんがいた。わーい、ギリシャの「ジョン&パンチ」だ〜。(ふ、古い・・・)
わたしは勇気を出して、「済みません、お巡りさん。エルムー通りはどこですか?(英語で)」と尋ねた。お巡りさんは笑顔で優しく教えてくれ、「今キミたちはここだよ」と地図の一点を指してくれたりした。
しかし、このお巡りさんたち、パトロールするでもなく、交通整理をしているわけでもなく、ただおしゃべりしているだけだ。日本でこんな怠慢なお巡りさんを見かけたら「税金ドロボー」と怒ってしまうところが、ここギリシャでは誰も怒っていない。なんて大らかなんだ。別に直立不動で立っていなくてもよい。お巡りさんは街にいてくれるだけで安心できる。
これが、ギリシャ・ブランドの「フォリフォリ」。残念ながら日曜日だったので、お休みだった。
実はこの「フォリフォリ」、サユちゃんご愛用の宝飾ブランドなのだが、わたしはギリシャに来るまであまり知らなかった。「エーゲ海一日クルーズ」の船内やイドラ島のショップで見て気に入ったネックレスがあったものの、今となっては幻である。
※日本のフォリフォリ・サイトはこちら。ギリシャのサイトはこちら
ミトロポレオス大聖堂
プラカ地区を歩けど、どこもかしこも閉まっていて、本当につまらない。買い物ができず、フラストレーションを溜めつつウロついていると、ふと立派な教会の前に出た。
地図を見ると、どうやらミトロポレオス大聖堂というらしい。アテネで一番大きな教会で、1840年に着工、55年の歳月をかけて完成した。歴史は浅いが、大統領就任式など国家的な行事に利用されるという。
補修工事の最中らしく足場が組まれ、どうにも見栄えが悪い。そのまま素通りしそうになったが、中から祈りを捧げる声が聞こえてきたため、思わず耳をそばだてた。どうやら日曜日の礼拝をしているらしい。
ときどき信者がドアを開け、中に入っていく。後に続くようにしてドアから覗くと、確かにミサの最中だった。それも実に荘厳なミサだ。
すごい。金きらきんの美しく荘厳な礼拝堂といい、黒い衣をまとった僧たちといい、まるで映画の中の世界みたい。
これは入ってみるしかない。わたしたちはそっと中に入り、祈りを捧げる人々の一番後ろに立っった。
司祭たちが二箇所に集まり、声を合わせて祈りの曲を歌っている。厳かないい声だ。
一時期、癒し系音楽として修道僧による聖歌隊のコーラス曲が流行ったことがあったが、その歌声や節回しによく似ている。
この時はテレビ局の中継が入っていたらしく、建物の横には中継車が停まり、聖堂内にはテレビカメラが礼拝の様子を撮影していた。
日曜日ということで商店は軒並み閉まっていて残念だったが、ミサの様子を垣間見ることができて、これはまことに幸運だった。なかなかできない、素晴らしい体験だったと思う。
疲れたので、街角のカフェで一休み。わたしはカプチーノ、サユちゃんはアイスカフェラテを注文した。
水は一応サービスで出されるが、あまり飲まない方がよいと言われている。石灰質が多いため、現地の人は大丈夫だが日本人が飲むとお腹を壊すことが多いらしい。
テーブル上の電卓はバッグに入れて持ち歩いているもの。ユーロの計算はなじみがないので、自分でも計算してからお釣りをもらっている。
国会議事堂〜無名戦士の碑〜衛兵の交代式
昨日、大統領官邸前でちらっと見た衛兵の交代式の、もっと大規模なセレモニーが日曜日の10時45分から行われるというので、プラカ地区から国会議事堂へと向かった。
到着すると、道路には大変な人だかりが出来ていた。どこから衛兵が出てくるのかわからないが、とりあえず少しだけ開いていた隙間に立つ。気がつくと、昨日見に行くと言っていたツアーのお仲間たちが道路の向かいに立っていた。
到着と同時に、ブラスバンドの楽音がどこからともなく響いてくる。どうやらギリギリで間に合ったらしい。国会議事堂の北側の通りからやってきた行列が角を曲がり、こちらに向かって歩いてくる。ネイビーブルーの制服が精悍だ。こわもてのお巡りさんが睨みをきかせて、はみ出す人々を押し戻している。
次に、エヴゾネスという民族衣装をまとった衛兵の列が現れた。ふさふさの付いた靴がとってもキュートだ。腕を振り上げ、膝を高く上げる、独特の歩き方をしている。
衛兵たちの行列は国会議事堂前の広場へと入っていった。建物の正面にはドリス式の柱廊があり、古代建築物をベースにしたネオ・クラシック様式である。
近代ギリシャの初代国王オットー1世の王宮として1842年に完成したが、1933年に改修されて国会議事堂となった。
この議事堂の前に衛兵が護る「無名戦士の碑」があり、日曜日の午前11時にはこうした大規模な交代式があるというわけである。
石碑は、約400年間支配されてきたトルコからの独立戦争を始め、1821年以降に起こった様々な戦いで戦死したり行方不明になった兵士たちの霊を慰めるために、1932年に造られたもの。普段も、民族衣装を着た若い衛兵が1時間ごとに交代をしながら、墓を見守っている。そして、30分ごとに左右の持ち場を交代するのだそうだ。
衛兵たちが石碑前に到着すると、警官による規制が一時解除され、観光客は一斉に広場を取り囲むようにして移動した。わたしたちも後から来たくせにちゃっかりと、石碑正面に場所を占めることができた。
それにしても、すごい観光客の数だ。確かにこのアテネで、パルテノン神殿を除いて最大の観光の目玉なのかもしれない。
どういう交代の仕方をするのか言うと、まず持ち場に付いていた衛兵が左右から向き合い、ゆっくりと歩み寄る。大きく手を挙げ、足も高々と上げ、スローモーション映像を見ているかのようにゆっくり、ゆっくりと近寄る。
あの姿勢のまま制止するには、よほど強い足腰が必要だろうと思う。よくヨロヨロよろけないものだと感心してしまった。
次に、交代のために新しくやってきた衛兵3人が、わたしたちの前を通り、石碑の正面に向かって歩く。これもゆっくり、ゆっくりとだ。
そして、石碑の前で交代を済ませるという次第である。
交代を終えると、再びブラスバンドが音楽を奏でながら道路に出てきた。石碑に向かって敬礼しつつ、再び北側の通りから帰っていく。
日曜日だったせいでお買い物は出来なかったが、ひじょうに面白いセレモニーを見ることができた。
いま日本の首相が靖国神社を参拝するしないで揉めているが、あれは妙に密か事のようなお参りになってしまっているからいけないのだと思った。このように衛兵に民族衣装を着せ、にぎにぎしいイベントにしてしまえばいい。そうすれば外国人観光客が珍しがって集まるし、明るく解放的にすれば、文句をつけにくいだろう。
いずれにしても、ギリシャの民族衣装を着た衛兵というのが珍しくて、こういうものを初めて見たわたしとしては、とてもラッキーだったと思っている。

- 帰国へ - 旅行記Topに戻る -

[平成11年Top] [平成12年Top] [平成13年Top] [平成14年Top] [平成15年Top][平成16年Top]
[平成17年Top][平成18年Top] [県別キャンプ地一覧][県別温泉一覧][トレーラーってなに?]
[子どもと一日遊べる場所][掲示板][HOME]

Copyright(C) 2002〜 Clara 画像、記述内容などすべての転用を禁じます。