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 平成19年3月29日(木)〜4月1日(日)Vol.201
        
能登半島地震ボランティア
3月25日午前9時42分ごろ、能登半島沖を震源とする地震があり、石川県輪島市と七尾市、穴水町で震度6強、同県能登町、志賀町、中能登町で震度6弱を観測するなど、北陸地方を中心に、東海、近畿などの広い範囲で震度3以上を記録した。
 震源は輪島市の南西約30キロで深さは11キロ、マグニチュードは6.9と推定される。金沢市などの沿岸では最大20センチの津波が観測された。
 落ちてきた屋根瓦やブロック塀に当たったり、階段から転落したりして骨折するなどした重傷者は石川県で21人、富山、新潟県で各1人の計23人。
 輪島市内などで木造家屋など55棟が全壊し(中略)、輪島市を中心に約2500人の住民が公民館などに避難した。(YORIURI ONLINEより引用)
 能登半島地震の発生を受けて、わたしたちC.C.Cではもっとも被害の大きかった門前町でボランティア活動を行うことになった。
 杉江家では息子を自宅に、娘を祖母宅に残して木曜日の夕方出発。夫婦二人で交代しながら上信越道、北陸道を走り続け、石川県に入ったのは深夜1時を過ぎた頃だった。
 能登有料道路は路面の陥没により徳田大津間と終点の穴水の間が通行止めとなっていた。そのため七尾市の海岸沿いを北上し、穴水から内陸を通っての現地入りとなった。
 長い長い下道を走り、ひと山越えて、ようやく小雨の降りしきる門前町に到着した。だが、集落に入るルートがよくわからない。カーナビに従って進入していくと、いきなり倒壊した家屋が建ち並ぶ狭い道路に入りこんでしまった。
 ニュースで盛んに報道されていた半壊状態の神社の前を通り、門前町役場に到着。
 ボランティア用の駐車場に入ると、そこには前日からやってきている奥村@石川さんのモナコ・ダイナスティの姿があった。
 その隣りにトレーラーを停め、奥村さんと挨拶を交わして、わたしたちも寝る支度にかかった。時刻はすでに午前4時になっていた。
 すると、誰も動いていないのにトレーラーがゆさゆさと揺れ始めた。
 「地震だ」
 思わず夫と顔を見合わせる。
 つい先日まで震度5の余震があったのは知っているから、お互い緊迫した表情だ。が、このときは小さな揺れでおさまった。
 地震よりも屋根を叩く雨音が気になったが、疲れていたのですぐに眠りに就いた。
3月30日(金)
 翌朝、バスがバックするときのビーッ、ビーッという警報音で目が覚めた。
 ボランティア用の駐車場には乗用車、バス、そしてテレビ局の中継車などでぎっしり。
 雨はやんでいたが、雲が立ちこめ、気温が低い。
 ←左のパラボラを備えた車両はNHKの中継車だ。

 ハマーに奥村さんも同乗し、門前町のもっとも被害が大きかった地域を通って道下地区にある諸岡公民館に移動する。
 門前町は広い範囲にまたがる大きな地域で、元市、広瀬、門前、広岡、清水、道下、黒島といったたくさんの集落に分かれている。2006年2月、輪島市と合併した。
 地震の被害は、これらの地域と国道249号線を挟んで反対側にある清水のあたりに集中している印象を受けた。 
 全壊したのは瓦屋根の古い家屋ばかり。消防団の2階建ての建物にも縦に亀裂が入っていた。
 倒壊していなくても危険と診断された家屋には赤い紙が貼られ、立ち入りが規制されているものもある。
 近年の耐震基準法に基づいて建てられた新しい家屋はもちろん崩れることなくしっかり建っている。
 しかし、家はなんともなくても水道、ガスなどのライフラインが断絶しているために炊事ができず、公民館や学校の体育館に非難している人も多いようだ。

 諸岡公民館に到着。平日の金曜日だが、多くのボランティアが来ていた。
 公民館の玄関前ではテレビ局が自治体の職員にインタビューを行っていた。
 公民館と小学校の名前が入ったテントの下で、さっそく炊き出し準備開始。
 奥村さんがバーナーに灯油を入れる。
 今日の献立はカレーの予定だったが、自衛隊がカレーを用意するということなので、それに合わせて牡蠣フライを揚げることにする。
 自衛隊の車両が来て、隊員がカレー鍋を運んできた。
 賄いの方々がカレーをよそい、公民館の中へと運んでいく。
 公民館の大広間。この他に少し狭めの広間がもう一つある。
 玄関の中には衛生用品などの生活必需品が並び、消毒やうがい用の薬品を並べたテーブルも備えられていた。
 炊き出し所の脇にある給水タンク。松任市などから水を供給する車が次々と到着していた。
 手前は熱交換システムによりお湯を沸かす機械、奥は巨大な茹で釜。
 自衛隊の備品かと思っていたら、とある会社が提供したものだそうだ。日曜日にはその会社の社長がカメラマン同行で撮影に来ていた。
 さて、この夜はビーフシチューとコロッケを用意して提供した奥村さんとうちのパパ。
 わたしは昨夜不眠不休で運転した疲れが出て、ダウン(夫は助手席でガーガー寝ていた)。
 申し訳ないとは思ったが、トレーラーで一休みさせていただき、翌日からの活躍に備えた。

 昨夜はボランティア用の駐車場に一泊したわたしたちだったが、早朝からバスなどの出入りで騒々しい上、これからC.C.Cメンバーも数台到着する予定なのに手狭だったため、別の場所に移動することになった。
 ハマーで下見して見つけたのが、サンセット・パーク近くの空き地。昼間は災害支援車の行き来で賑やかだが、夜はとても静かだった。
 しかし、ここは海のすぐ近く。まだ余震が続き津波の危険がないとは言えない状況の中なので、海際でのP泊はちょっと怖かった。
 
 すぐ隣の駐車場は自衛隊と警察の駐屯地と化していた。ここに被災者用のお風呂が設置されているらしい。
3月31日(土)
 この日もどんよりと曇って夕方まで雨という天気予報だった。
 サンセット・パーク近くのP泊場所から、今日もハマーに乗って公民館に移動する。
 集落には、ブルーシートを被った家屋が目立った。地震で屋根が壊れた上に雨とは、まことにお気の毒だ。
 諸岡公民館には、今日もテレビ局の取材が来ていた。
 このあたりでは地デジはもちろん携帯のワンセグ放送も入らないので、ニュースを観ることもできず、どんな報道がされているのか知るよしもない。
 テントの下で、お昼の炊き出し準備に入る。
 こちらの人たちの朝食はとても簡単だそうで、朝の炊き出しは不要と言われていた。そのため、お昼からの炊き出しとなる。
 お昼前、公民館の一室では、白衣を着た人たちが椅子を設置し始めた。どうやら簡易医療室となったらしく、その後ドクターや看護師たちが被災者のかたがたの血圧を測ったり、超音波で検査をしたりしていた。
 その間、わたしたちはお昼に出すサラダの準備に追われたいた。ところが保健所の人が来て、「すべての食品に火を通してください」と言うので、急遽サラダを湯通しすることになった。
 この日、応援に駆けつけてくれたのはXFO@富山さん、金時@石川さん夫妻、チェル@埼玉さん父子。
 皆で協力しながら揚げ物、洗い物、片付けと手際よく進めていく様は、なかなか小気味よい。さすが、チームワークのC.C.C!
 お昼時間に合わせて唐揚げが仕上がる。
 バットに盛ったまま背後の上がり口からそのまま差し入れ、中で受け取ってもらう方式だ。
 昨日のお昼は油の温度が高すぎて真っ黒になってしまい、温度を落としたら今度はべちょべちょになってしまうという失敗を経験しているため、今回はなかなか上手にかりっと仕上がった。

 昼の炊き出しが終わり、いったんトレーラーに戻ってちょっと一休み。で、またすぐ夜の炊き出しに出動だ。
 夜はチキンナゲット、揚げたこ焼き、そしてスープ水餃子というメニュー。
 わたしはスープ水餃子に入れるネギをひたすら刻み続ける。家でも滅多に刻んだことのないネギ。スープにはきっと分厚いネギがいっぱい入っていたことだろう。
 夕方のニュースに合わせてABC放送(朝日放送)とフジテレビが取材に入った。なんと生放送だという。
 わたしたちは一斉に携帯を取りだし、おのおの家で留守番いている家族に電話を入れた。
 「ビデオに撮っとけ」とか「10チャンと8チャンを観てて」とか(これはわたしだ)、みな急いで家族に知らせている。
 スープ水餃子がお椀に盛られ、公民館の中に運ばれていく。わたしが刻んだネギもこの中だ。
 味見にひとつだけ食べてみたが、これがなかなかの味。味付け担当の奥村さん、さすが。
 ところで、あとで家に電話を入れて娘に「テレビ、どうだった?」と聞いたら、「ブラボーさんが映ってるのがわかった。あとハマーが映ってた」と言う答えだった。
 え、え、え? わたしは? わたしは映ってなかったの?
 わたしは勢いこんで「ママは? 茶色のコート着てたんだけど」と聞く。
 すると、「みんなマスクしてるからわからないよ。そう言えば、いたようないなかったような・・・」とのことだった。なーんだ、がっかり。
 衛生のためマスク着用を義務づけられているため、確かにこれじゃ誰が誰だかわからないかもしれない。
 しかし、たまたまニュースを観ていた りゅう@新潟さんからの電話では、C.C.Cのロゴ入りエプロンがやけに目立っていたとか。金色のロゴが燦然と光り輝いていて、とても印象的だったという。
 
 この夜、トレーラーでいただいた地場産ブリ。脂が乗っていてとてもおいしかった。XFO@富山さんからのおみやげです。
4月1日(日)
 本日は最終日。わたしたちはお昼の炊き出しをもって帰宅する予定だ。
 昨日の夕方からわたしたちは道の駅赤神に移動していた。前のP泊場所以上に海に近いため、ちょっと怖い。
 しかも、昨日は公民館で炊き出しをしている最中、「潮が引いて海面が低くなっているらしい。津波の前兆では?」という噂が耳に入ってきた。
 トレーラーでは猫のチビ助と生後2ヶ月の子犬・レディが留守番しているため、ひどく心配になってしまった。トレーラーがどんぶらこと流されてしまったら、どうしよう?
 だが、あとになって「海面の低下は低気圧によるもので、津波の心配はありません」という町内放送が流れ、ほっと一安心。
 とはいえ本当に余震が起こって津波が発生するとも限らない。本当は帰宅に備えてトレーラーで休んでいようかと思ったが、逃げる足がない状況で一人留守番もいやだったので(犬と猫はどーする)、やっぱり最後の炊き出しに参加することにしたのである。
 公民館には、日曜日だけあってたくさんのボランティアたちが到着していた。
 この日は雨が上がったせいか、半壊の住宅からはたくさんの家財道具が運び出されていた。その多くが廃棄処分されるものらしく、廃棄物収集車に詰めこまれていた。こうした作業にこそボランティアの力が求められているのに違いない。
 今回わたしたちがした炊き出しは自衛隊もいる現状において、それほど切実に必要とされているものではないと思う。
 国道に出ればコンビニもスーパーもあり、中越地震のときほど食料に困っているという感じではない。
 わたしたちも本当なら、そうした片付けなどを手伝った方がよかったかもしれない。
 とは言いながら、やはりキャンプで培ったノウハウ? を生かした炊き出しが、今わたしたちができる最善のこと。集まってくれたC.C.Cの仲間たちと今日も揚げ物にいそしむ。
 もう3日目なので、油の温度とかフライの揚がり具合とかはバッチリ。最初こそ失敗して黒い牡蠣フライを揚げてしまったが、今日はもう完璧だ。
 チキンナゲットと揚げたこ焼き、そして鳥の手羽先揚げの3品を手際よく仕上げていく。
 こちらは大釜で茹でる、ロールキャベツ煮。水餃子もちょっと混ぜてます。
 今日は日曜日で食べる人数が多かったのだろうか、前日より配膳の量が多くて一つのロールキャベツも残らなかった。そのためスープしか味見できず・・・ロールキャベツ、食べたかった。
 ところで、今日のお昼も石川テレビ、ABCテレビ2社の生中継が入り、石川テレビからはレポーター直々に「撮らせてください」というお願いもあった。
 もちろんお断りする理由もなく、リポーターさんの求めに応じて食事の献立をテーブルの上に並べ、おいしく撮ってもらおうと盛り方を工夫したりした。
 さて、どんな風に映っていただろうか? とても気になるのである。
 本日参加してくれた、XFO@富山さん、katamura@石川夫妻、奥村@石川さん、ブラボー@東京さん、息子さんと参加されたチェル@埼玉さん。
 チェルさんは色々とよく気がつくムードメーカー的な存在だ。重い鍋をかわりに洗ってくれるなど、とても助かりました(だが、こうしてみると魚屋の人みたいだ)。
 
 ワゴン車が何台も乗り付けられて、四つ折りのマットが次々と運びこまれる。
 月曜日のニュースでは、このマットがしっかり映し出されていた。
 ところで、今日は朝から景色がなんだかもやっていて、最初、霧かな? と思ったが、それにしては霧特有の湿っぽい感じがしない。しかも、なんとなく黄色みがかっているような・・・。
 花粉が飛んでいるのか? いや、もしかしたら、これは噂に聞く黄砂ってヤツでは? と思っていたら、奥村さんが「今日は黄砂だ」と言っていたので、ああ、やっぱりと納得。
 東京に住むわたしたちは、春の風物詩としての黄砂を毎年ニュースで観るものの、実際その光景を目の当たりにしたことがなかった。
 なんとなんと、これがあの黄砂だったのか。
 お昼の炊き出しを終え、道の駅を引き払って能登有料道路に乗り、金沢市内に入っても景色はまだ薄黄色に霞んでいた。
 さらに北陸道に乗って新潟県に入っても、おまけに長野県を通り抜けて群馬県に入っても、山も空も霞んだままだった。
 あとからニュースで、東京でも黄砂を観測したと言っているのを観た。とにかく記録的な黄砂だったようだ。
 さて、今回の活動にあたって、特に北陸のメンバーにはお世話になりました。さらに、お電話でたくさんの励ましのお言葉をいただき、応援してくれたC.C.Cの皆さんに感謝申し上げます。
 そして、一緒に北陸まで行ってくださったブラボーさん、チェルさん、本当にありがとうございました。皆さん、お疲れ様でした〜!
 
 ※ちなみに、門前町は平成13年8月に北陸キャラバンとして我が家が訪れた場所でもある。その時のキャンプ日記はこちら。訪れた「じんのびの湯」は今回最後のP泊地、道の駅赤神からすぐの場所だ。
  
■利用した温泉
 ねぶた温泉 海遊 能登の庄
                  

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