前のページに戻る
 
 
 平成19年2月2日(金)〜3日(土)Vol.195
 
        
田代・厄除けオフ
前泊・海老名サービスエリア
 C.C.Cのメーリングリストで、ケビンパパ@埼玉さんがキャンピングカーを一部破損するなどして「今年は前厄だ」と書いたら、「わたしもです」という声がいくつか挙がった。
 そして、いつの間にか「前厄、本厄、後厄の人同士、厄払いミニオフでもしましょう」という話になっていった。
 P泊場所は田代運動公園。お払いは寒川神社と、ケビンパパさんとなりた@流山さんが幹事役となって、計画はまとまっていった。
 わたしたち夫婦は厄年ではないが、1日だけでも参加させてもらおうと出発した。
 金曜日の夜、幹事役のケビンパパさん、なりた@流山さんが待ち合わせする東名高速道の海老名サービスエリアに到着。
 たくさんのトラックが居並ぶ中、ようやく停車位置を定めて車内で簡単な夕食をとる。
 焼酎で一杯やりながら幹事お二人の到着を待っていると、11時くらいになってなりたさん到着。
 ご夫妻でトレーラーに入ってもらって一緒にワインや焼酎で宴会。続いて到着したケビンパパさんも交えて宴会は続いた。
 午前4時くらいになって、幹事お二人が朝6時半にはここを出発して寒川神社の駐車場に入ると聞いて慌てる。実は朝7時に とみーさんと待ち合わせし、お払いをして豆まきに参加するという。
 わたしたちはお祓いを受けないのでゆっくり田代へ行けばいいと言われ、それぞれ就寝した。
 翌朝 起きると、ケビンパパさんとなりたさんはすでに出発された後だった。
 わたしたちはゆっくり朝ご飯を食べ、田代へ向けて出発した。
 今回の旅のお供は、昨年6月に四万温泉のダム下で拾ったチビ助。出発するや、まずはダッシュボードに寝そべって一寝入り。
 物怖じしない性格は、我が家のキャンプ猫になるために生まれてきたかのよう。最近キャンプに行きたがらない新之介に代わり、単独で連れ出されることが多い。 
 厚木インターチェンジで降りる。目的地、田代運動公園はここから16キロほど。
 山をひとつ越え、田代に到着した。しかし、運動公園へと至る道がえらく狭そうで、「大型車ご遠慮ください」という看板まである。よく考えたら大型バスも入っていく運動公園なのに、この看板はちょっと妙。
 というか、これのせいで入るのを諦めてしまい、この先大変な目に遭ったのだった。
 右折しそこない、どうしようか迷いながら走っていたわたしたちはどんどん田代から遠ざかり、やがて狭い住宅街に入り込んでしまった。
 先の道路はどんどん狭くなる一方。これ以上進んだらにっちもさっちもいかなくなりそうなので引き返すことにしたが、Uターン場所はなし。
 やむなくバックで何十メートルも後退する。
 で、その途中、やっぱり例のヤツをやってしまった。
 なにをって、民家の庭からせり出した松の木にトレーラーをぶつけてしまい、枝をへし折ってしまったのである。
 あっちゃ〜、こういう光景、一昨年もあったじゃあありませんか。
 忘れもしない、甲府市の日帰り温泉に行く途中のこと。うっかり住宅街にはまりこんでしまい、ひたすらバックで数百メートル後退。挙げ句、民家の柵をちょこっと破損しちゃったのだった。
 わたしはひたすら平謝りで住所を書いてきたのだが、2年たった今も修理代金を求める連絡は来ない。どうしちゃったのだろう、あの奥さん。住所書いたメモを無くしてしまったのかな。
 今回、また同じようなことをしてしまって、呆れ顔のわたし。謝り役は当然、夫である。バックミラーには民家の主であるおじさんとおばさんと、ぺこぺこ謝る夫の姿が見えた。
 どうやら弁償は求められなかったらしい。ニコニコ顔の夫が運転席に戻ってきた。
 車を少し前に出し、再びバックの準備。
 と、それまで閉まっていた工事現場のフェンスから、男性が顔を覗かせていた。
 実は最初にこの前を通過した際、土を満載したトラックが中に入っていったので、ここでUターンさせてもらったらと話していたのだった。
 わたしは車から降りて「済みませーん」と走り寄り、「ここでUターンさせてもらっていいですか?」とお伺いをたてた。
 男性はいいよ、と気軽にフェンスを開けてくれた。
 わたしが「オーライ、オーライ」と誘導を始めると別の男性が現れ、「なになに? へえー、凄いねえ」と二人で並んで、Uターンしている様子を眺めていた。
 これでUターン完了。
 現場の方たちにお礼を言って、ハマー+トレールライトは出発した。
 田代運動公園に入るのは諦め、わたしたちは高田橋にトレーラー置くことにしていた。
◇高田橋
 高田橋は相模川に架かる橋で、中津川にある田代運動公園からは約10キロ。
 あらかじめメール上で「杉江さんちのトレーラーが田代に入るのは厳しい。高田橋に置いて、ヘッドだけで来たら」と言われていたので、その通りにすることにしたのである。
 高田橋の下は何もない河原で、とてつもなく広い。メンバーのカヤマさんなどもキャンプをしたことがあるそうで、この日は何台か乗用車やトラックなどが停まっていた。
 乾燥しているので、風が吹くと白い砂埃が舞う。
 うわー、こんな時にキャンプしたらトレーラーの中がジャリジャリになっちゃうよ。
 それに、冬は吹きっさらしで寒そうだし、夏はカンカン照りで暑そう。でも、キャンプにはいい場所だ。ぜひ機会があったらここでオフ会してみたいね。ただし、涼しいときに。
◇田代運動公園下の河原
 ヘッド車で田代運動公園下の河川敷に到着。
 大仏さん、とみーさん、のほほさん、としざきさんたちがすでに到着しており、やがて幹事お二人も到着。テントを張り、宴会・・・いやいや、お清めに備える。
 河原の全景。我が家のトレーラーが無理かも、と言われた所以は、ここへ下る道の狭さにある。
 白いガードレールのある坂道がそれだが、やけに狭い。それでも3メートル以上はあるので、かつてはクマ親父さんのボナンザも入れたという。
 次回は我が家もチャレンジしてみよう。
 脇を流れる中津川。
 中津川と言えば、キャンプを始めたばかりの頃、秩父の中津川キャンプ場でテントキャンプしたことがあったっけ、と懐かしく思い起こす。
 まだ昼間の4時だというのに、テントの中では早くも宴会開始。画像手前にいるお二人、右がなりたさん、左がケビンパパさん。
 わたしはトレーラーの冷蔵庫にワイン、ビール、缶チューハイなどなにもかも忘れてきて、大仏さんに発泡酒を恵んでもらいながらチビチビ飲みつないだ。
 やがて なりたさんが田代の地酒を買ってきてくれた。おお、救いの神よ。これでお清めの一杯をやりながら、カヤマさんが作ってくれる飲茶をいただいた。
 この田代のお酒、日本酒が苦手なわたしでもスイスイ飲めるくらい甘くて美味しい、ベリー・デリシャスあーんどデンジャラスなお酒であった。
 幹事お二人で始めた、ちゃんちゃん焼き。美味しかった!
 やがてアレン藤田さん到着。ホタルイカ、ウニと大好物が登場、お酒のつまみに最高である。
 宴会テントに連結された子どものプレイルーム。中でゲームに興じるのは、なりたさんのお嬢さん、ケビンパパさんのお嬢さんとボク、そしてうちの娘。
 この前、うちの娘はのほほさんちのキャンピングカーに長時間上がり込み、お嬢さんに遊んでもらっていた。ありがとうございました。
 トイレは田代運動公園のものをお借りできる。
 このトイレでは足元一帯にどびゃーっと水が流れ、その豪快さにちょっとビビる。
 最初はこれくらいだったキャンピングカーも、日が暮れるに従ってどんどん増えていった。最終的には何台になったのかは不明。
 最初は小さな厄払いからこんな大きなキャンプ会へと発展して、企画は大成功。よかったね、なりたさん、ケビンパパさん。

 実は同時刻、静岡県浜松市では「中部オフ」と銘打ったオフ会が開催されていた。
 場所は天竜川運動公園、幹事はてん@浜松さんと、ふ〜@浜名湖さんである。
 メーリングリスト上でテレビ電話を介して二元中継をやろうと相談していたのだったが、わたしはすっかり忘れていた。
 6時、なりたさんが天竜川にいる てんさんに電話を入れ、いよいよ中継をすることになった。この田代のメンバーで唯一テレビ電話機能付きFOMAを持っていたわたしが天竜川にいるブラボーさんに電話を入れ、二元中継はめでたく成立。
 あちらの方々と一緒に乾杯したが、同時に恵方巻きを頬ばるという企画は実現できなかった。
中部オフの人たちと同時に乾杯。楽しくてメチャメチャ盛り上がっていたこちら側だったが、天竜川のあちらさんたちはまだ宴会の絶頂期でなかったらしく、「なんなんだ、あの連中は〜」と醒めた印象だったらしい。
逆に、あちらさんが盛り上がって再び電話をもらった頃には、わたしはすでに自宅に戻ってベッドに入る寸前だった。(午前零時頃) 同じ日本でありながら相当に時差のある二元中継だったようで。今度やるときは飲みっぷりも同じくらいのレベルに合わせておきましょうね。
 無事に二元中継も成功したので、我が家はこれで失礼することにした。実は明日日曜日にPTAによるお餅つきがあり、そのお手伝いに駆りだされていたのである。
 これから るっちゃんの恵方巻きができるというのに、とっても残念だった。でも、皆さんが見送りのため寒い中をテントから出てきてくださり、その心遣いが嬉しかった。
 わたしたちは高田橋に戻ってトレーラーを連結し、途中「下九沢温泉 湯楽の里」に立ち寄ってから帰宅した。
 田代で一泊できたら美味しい日本酒をいただきながら語り明かせたのに、とっても残念。
 でも、楽しいオフ会だった。幹事のなりたさん、ケビンパパさん、お疲れ様。そして、どうもありがとうございました。
田代運動公園下の河原
  住所:神奈川県愛甲郡愛川町田代1700 地図
高田橋
  住所:神奈川県相模原市水郷田名4 地図
  
■利用した温泉
 相模・下九沢温泉 湯楽の里
 
            
 
  
 
 平成19年2月10日(土)〜12日(月)Vol.196
  
  
幕張キャンピングカーショー&保田オフ
幕張メッセ
 毎年恒例の「キャンピング&RVショー」を見るため、幕張にやってきた。
 自宅を出るのがすっかり遅くなってしまい、到着したのは正午過ぎ。ここで落ち合うことになっていたC.C.Cメンバーさんたちはもうとっくにショー会場に入っているようだ。
 ちなみに毎年行っていた献血は、時間がないのと夫が持病の薬を飲んでしまったことから、今年はできなかった。
 世の中に貢献できる上にお礼にもらえるグッズが楽しみだったのだが、残念だ。
 さて、会場に入る。
 最近とみに「自走式欲しい病」にかられているわたしは、見るキャンピングカー見るキャンピングカー、すべてが素敵に見える。
 ラピートかっこいいな。Jaycoもいいじゃん。ウィネベーゴも素敵。やっぱボナンザだよね・・・などと各ブースを冷やかして歩いてまわる。
 少し歩けば、会うわ会うわ、数十メートルおきにC.C.Cメンバーさんにバッタリ。そのうちブルーサンダー@川越さんとおしゃべりしながら動いたり、エアストリームでいつもお世話になっている伊藤さんとおしゃべりしたり。
 ここで伊藤さんに信玄餅をご馳走になった。
 
 ペットのブースで、娘はアメリカンショートヘアーの子猫に夢中。「このコ欲しい〜」と言いだし、一応は駄目だと言っておいたが、実はわたしも欲しかったんだよね。だって可愛いんだもん。
 そうこうしている間に1時間経ち、上原さんから保田に移動するという連絡が入った。わたしたちも出遅れまいと、急いで会場を後にする。
保田へ
 幕張を出発して、途中のサービスエリアで待っていてくれた上原さんたちC.C.Cメンバーたちと合流後、コンボイを組んで保田に到着。
 さっそく宴会用ドームテントを組み立てにかかる面々。
 テントが完成すると、入浴と夕食のために「ばんや」に向かった。
  
◇保田漁港「ばんや」とお風呂の模様はこちら↓をどうぞ。
◎平成18年2月のときの模様はこちら
◎平成18年12月の年越しキャラバンのときの模様はこちら
 
 「ばんや」で入浴と夕食を済ませ、再びP泊地に戻ってドームテントで宴会。 
 クマ親父@千葉さんが仕掛けたカゴにアナゴがかかり、見事な包丁使いで切りさばく。
 これは明日食べるということで、この日は口に入らなかった。
 そして翌日は留守にしていたわたしたち、とうとうこのアナゴを食べることはできなかったのである。無念・・・。

 翌日曜日、わたしは某イベントの司会をする用事があり、夫も仕事があったため、わたしたち夫婦はヘッド車のみで保田を一時離れて東京に戻った。
 親友のユウナちゃんが来ているため、娘は残ると言う。息子は最近キャンプに来なくなり、今回も自宅留守番であった。
 そこで浅川パパに娘をお願いして、わたしたちは東京に戻った。聞けば、ずっと浅川さんちのドリーかうちのトレーラーでゲームをしていたそうだ。
 用事を済ませて帰ってきたのは、7時を過ぎた夜のこと。
 昼間、幕張からこちらに向かった るるちゃん&るっちゃんご夫妻などはひどい渋滞にどっぷりハマってしまって、5時間以上かかって保田に辿り着いたそうだ。
 わたしたちは運良く渋滞が解消された頃にこちらに来たので、非常にスムーズに戻ってくることができた。
 どうやら渋滞の原因は、木更津〜館山間を走る蒸気機関車「D51」の影響らしかった。
 わたしたちが朝9時に保田を発ってアクアライン方面に向かって走っているとき、下りの反対車線は下道から館山道からそりゃあ凄まじい渋滞が続いていた。
 まだ海水浴にも潮干狩りにも早いシーズンのこと、目的は話題のSL見学以外には考えにくかった。
 そして、わたしたちが東京から戻って館山道を降り、保田に向かって走っていると、反対側の上り車線はこれまた渋滞、渋滞、また渋滞。
 SL見に行って渋滞、帰ってくるときも渋滞。みな同じ時間帯に行動するのだから、渋滞にはまるのも当然だろう。館山道は未完の高速道路で、途中 君津〜富津中央間が途切れているのも、渋滞に拍車をかけているのだと思う。
 C.C.Cの宴会に再合流したわたしたちを待っていたのは、ブラママの誕生パーティであった。
 そう言えば、昨年も鴨川で祝ったっけ。
 ブラママはわたしと同じ年生まれだが1学年上で、本日めでたく? ウン十ウン歳におなりになった。
 ちなみにC.C.Cにはわたしたちと同い年のメンバーが結構いて、あの人もこの人も、あの方の奥さんも同い年なんである。
 しかも、あの人とは幼稚園の同窓生という因縁の関係で(もちろん当人同士は覚えていない)、実家もわりと近いのだ。
金谷へ
 さて、翌日。
 わたしたち一家は皆さんより一足お先に保田を出発し、金谷を目指した。
 残るメンバーたちは保田でD51が来るのを待つという。とみーさんは昔、鉄道オタクだったそうだし、ブラボーさんは無類の乗り物好きでカメラ小僧なのだ。
 わたしもD51が走るさまを見たかったが、タイミングがよければ金谷でも見られるかもしれないと思い、潔く金谷に向かった。
 すると、金谷あたりの線路の周りにはたくさんの人が立っている。つまりD51はまだ来ていないということだ。と思った瞬間、ポーッと鋭い汽笛が鳴り響いて、いきなりD51がその黒い姿を現した。
 すごい! 蒸気機関車が目の前を走っている。
 映像ではいくらでも見る機会のあるSLだが、ナマで見るのは生まれて初めてだ。
 わたしたちが乗る車はタイミングよく、赤信号で停車中。わたしは感嘆の声を上げてカメラを向けるた、残念! 機関車の顔の部分がフェリーの看板の陰に隠れてしまった。
 そこで、ブラボーさんが撮影したD51画像を拝借、ここにその雄姿を転載する。
 こんな近くから見たのなら、さぞかし大迫力だったことだろう。金谷に行く時間を遅らせて、保田で見ればよかったかなと、少し後悔している。
 さて、わたしがSLの誘惑を振り切ってでも訪れたかった場所。それがこの「漁師料理かなや」と、それに隣接した「海辺の湯」であった。
 よく行く「ばんや」と同様の海鮮ものを扱う食事処で、なんと言っても魅力は天然温泉に入れることだ。
 「ばんやの湯」は人工温泉で、どうにも物足りなさが残る。
 駐車場は広いが、大型レーンの数はそれほど多くない。なにより日曜日のお昼時、次々押し寄せる車でレーンはほぼ埋まりかけていた。
 が、そこへ、なんと るるちゃん&るっちゃんご夫妻登場。保田から一足先にいらしていたらしい。
 お二人は唯一空いていた大型車用レーンに立ちはだかって誘導してくださった。大型レーンなのに乗用車が次々停めに入ってきてしまうせいなのだが、お陰でわたしたちは無事トレーラーを停めることができた。
 るるちゃんご夫妻は先にお風呂に入られるそうで、一方わたしたちはご飯が先。ここでお別れし、わたしたちは「漁師料理かなや」に入った。
 正午をちょっと過ぎた時間帯だが幸い席は空いていて、すぐにテーブルに通された。
 メニューを見て、注文の品を紙に書いてお運びさんに渡す。
 目の前は海。季節がよければウッドデッキでの食事も楽しいに違いない。
 注文した品が来た。
 わたしはお寿司を、娘はウニ・イクラ丼だ。
 お寿司はまあまあってところだろう。飛び抜けて凄い点は見あたらないが、そこそこ新鮮なのではないだろうか。
 ただ、ウニ・イクラ丼のイクラはしょっぱすぎだった。
 食事を済ませて食堂を出る頃には、順番待ちの行列ができていた。やっぱり先にご飯を食べてよかった。
 で、そのまま温泉に向かい、お土産屋さんでお菓子などを買って帰ることにした。
 しかし、大型レーンからトレーラーを出す際に、狭くて四苦八苦。
 何十回と切り返しをしてようやく離脱したが、そばに立っていた従業員らしきおじさんはいっさい手助けしてくれなかった。
 なんのために彼は立ているのか、もしかしたらこのあと来る予定のバス用にレーンを確保しているだけだったのかもしれない。しかし、曲がりなりにも従業員であれば、客が出るに出られず困っているのだから、他の車を停めるとか誘導するとかすべきではないのか。
 せめて混雑時にはちゃんとした警備員を置いて、大型レーンは大型車用に確保し、交通整理をしてもらいたいものだ。
 かなやさん、大型バスで来る団体さんだけが客じゃありませんよ。
漁師料理かなや
千葉県富津市金谷525-17 Tel:0439-69-8500
平日/10:00〜18:00 土日祝日/9:00〜19:00
駐車場/乗用車230台、バス6台
  
■利用した温泉
 ばんやの湯 かなや温泉 海辺の湯
 

前ページに戻る 進 む

[平成11年Top] [平成12年Top] [平成13年Top] [平成14年Top] [平成15年Top] [平成16年Top] [平成17年Top]
[平成18年Top][県別キャンプ地一覧][県別温泉一覧] [トレーラーってなに?] [子どもと一日遊べる場所][掲示板][HOME]

Copyright(C) 2002〜 Clara 画像、記述内容などすべての転用を禁じます。