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 平成19年8月10日(金)〜16日(木)Vol.212
 
 ■夏休みキャラバン〜ディープな東北秘湯めぐり Part9
 
■6日目:国見温泉
 アルパこまくさから国見温泉は、地図で見る限りでは非常に近い。駒ヶ岳を挟んで背中合わせに位置していると言ってもよさそうだ。
 しかし、2カ所を直接つなぐ道はなく、いったん田沢湖方面に降りてR341号線に乗り、R46号線に乗り換え東へ。仙岩峠を越えると、そこから先は岩手県雫石町である。
 やがて国見温泉へと登っていく山道が現れた。ところどころ「落石注意」の標識が現れる険しい道を上っていく。
 そろそろ国見温泉に到着、という頃、右側の山の斜面に「国見キャンプ場」が見えた。
 よければここで一泊しようと思っていたキャンプ場である。しかし駐車場はたいへん狭く、またキャンプサイトはそこから奥へ入ったところにあるようだった。
 さらに登る。
 右側に目的の石塚旅館が見えたと同時に、わたしたちは突きあたりに行きあたってしまった。どんづまりは「森山荘」という宿であった。
 わたしたちはトレーラーを数十メートルバックさせ、かろうじて石塚旅館より一段下に位置する駐車場にトレーラーを入れた。
 そんなに広い駐車場ではなく、少々強引だなとは思ったが、ここに停めるより他はない。
 この駐車場は主に登山者が停める場所のようだ。登山装備に身を固めた人たちが車のドアを閉め、歩き出す姿が見られた。
 車から降りると、あたりに硫黄の香りがぷーんと漂っていた。ふと、1メートルほど先の地面を見てビックリ。
 細かい砂利が敷き詰められた駐車場の地面から、なんと温泉が湧き出ているではないか。
 どこからか排水が流れてきているのかと思ったが、そうでもなさそうだ。ここを掘ったら自然湧出の露天風呂ができるに違いない。それも、浴槽の底からプクプクと湧き出る極上のヤツが。
 うーん、たまらんっ。
 歩いて石塚旅館へ。
 建物はペンション風で意外と可愛らしいものだった。まるで田舎の小学校のようにも見える。
 看板には開業1804年と書いてあった。1804年は江戸時代の文化元年にあたり、11代将軍・徳川家斉の時代である。
 開湯当時は盛岡藩(藩主・南部家)が所有する湯治場であったという。
 外観はペンション風だが、一歩中に入ると時が止まったかのような湯治場の雰囲気に満ちていた。湯治場はこうでなくちゃ。
 小さな帳場の窓の向こうに、経営者とおぼしきおじさんとおばさんが2人並んでいた。
 入浴を願い出ると、受付時間より30分早かったようで、でも、まあいいでしょう、と受け入れてくださった。
 親切な方たちでよかった。
 わたしたちがまず最初に向かったのは、混浴の露天風呂。建物の裏手から少し歩いたところに簡素な湯小屋がある。
 横に長い石造りの浴槽に、美しい緑色をしたお湯が注がれていた。まるでバスクリンを入れたような、という形容がぴったりな、色鮮やかなエメラルド・グリーン。
 だが、もちろん入浴剤などは入っていない。
 硫黄泉にある種の藻が混じっているために緑色なのだ、という説明をどこかで読んだ記憶がある。
 硫黄の匂いに苦そうな匂いが混じり、かすかに灯油のような匂いも感じられる。独特の、しかしわりと嗅ぎ慣れた匂いでもある。
 新潟の月岡温泉、長野の熊の湯温泉も同様の緑色の湯で、同じ苦そうな匂いの硫黄泉だ。
 しかし、月岡温泉は黒くて大きな湯の花が特徴で、もっと緑色が薄い。
 熊の湯温泉は日本で一番美しいグリーン色をした温泉だと思うが、濁りが強くて国見ほどの透明感はない。
 わたしは混浴の露天風呂には入らず、旅館の内湯に引き返した。
 女湯の浴室は小さな内湯とすぐ外にある露天風呂のひとつずつだけ。
 しかし、旅館の奥に進めば、新しく増設された綺麗な大浴場もある。シャワーもあって広いので、ゆっくりしたい方はそちらへどうぞ。
 こちらは露天風呂。しばらく誰も入らなかったらしく、水面にうっすらと湯の花の膜が浮いていた。
 そこへストンと身を沈めるのは気持ちがいい。
 本当に、なんと美しい色だろう。
 湯に浸かって見上げると、景色はこんな感じ。混浴の露天からの眺めも大差ないので、女性が無理して混浴に入ることもないと思う。
 こちらの方はしばらく貸し切り状態で、非常にゆっくりと堪能することができた。
 ところでこの緑色のお湯、ただ透明なだけなのかと思っていたら、さにあらず。湯船の底には凄い量の湯の花がどっさりと堆積していたのである。
 底にたまりにたまった湯の花をすくいあげてみると、ほら、こんなにごっちゃり♪
 誰もいないことをいいことに、わたしは浴槽中を引っかきまわして湯の花を撹乱。湯の花が舞い散って、見事な緑白色の湯になった。
 
 こちらが前述した新しい大浴場、「薬師の湯」。
 
 シャワーを備えた立派な浴室に広い浴槽、お湯はもちろん掛け流しだ。今回はこちらには入らなかったが、次にはぜひ利用しようと思う。
 石塚旅館を出て、駐車場に戻った。
 崖の上にそびえ立っているのは石塚旅館の旧館と新館らしい。
 窓から宿泊客が数人顔を出して、バックで駐車場から出ようとしているトレーラーを見物していた。
 いいなあ、こんな空気と景色のよい山奥で数泊して、極上の温泉を堪能して、命の洗濯をして。
 いつかきっと、わたしもあの窓から外を眺めるんだ。
■盛岡じゃじゃ麺「白龍」
 盛岡は「麺の街」と呼ばれている。
 わんこそば、盛岡冷麺、盛岡じゃじゃ麺は盛岡三大麺として名高い。せっかく岩手県に来たのだから食べたことのない「じゃじゃ麺」を食べてみようと思い、盛岡の市街地にやってきた。
 盛岡藩主の居城であった盛岡城跡が残るこの界隈は、城下町の雰囲気がいっぱい。
 もっと時間があれば、ゆっくり史跡めぐりをしてみたいと思う。
 そして、盛岡じゃじゃ麺のお店「白龍(パイロン)」本店は、桜山神社前の飲食店街の一角にあった。
 ガイドブックに「日曜日休み」と書いてあったので不安を抱きつつ訪れたが、やはり店は閉まっていた。
 しかし、ドアの張り紙に「カワトク店はやってます」と書かれており、地図も添えられている。わたしたちはそこへ向かうことにした。
 駐車場が見つからないので、わたしだけひとまず徒歩でカワトクへ向かう。
 カワトクは立体駐車場を備えた大型ショッピングセンターのように見えた。
 が、入ってみてビックリ。想像もしていなかったのだが、実は盛岡最大の百貨店だったのである。
 1階フロアにはシャネル、ディオールなどの化粧品カウンターや、ヴァンドーム、フォリフォリといったアクセサリー店が軒を連ね、まるで新宿のデパートにいるみたい。
 漂う化粧品の香りに包まれながら歩いていると、ここが盛岡であることをうっかり忘れてしまうほどである。
 「白龍」は地下1階のフードコート街にあった。まだ午前10時40分だというのにカウンター席もテーブル席はいっぱい。すでに行列もできていたのにはたいへん驚いた。
 その列に並んでいると、店員さんが人数を聞きに来た。その後もどんどん行列が後ろに伸びていったが、店の回転も速いようで、あっという間にわたしの順番が来てしまった。
 「連れがまだ来ないので」と言って、後ろの人にどんどん入ってもらった。
 いったい何人の人に先を譲っただろうか。いくら待っても夫は来ない。たびたび電話を入れるが、駐車場が見つからないとのこと。
 結局、夫が店に現れたのは、わたしが列に並んでから50分後のことであった。
 そして、これがようやくわたしの前に現れたじゃじゃ麺。見た瞬間、「んっ? これはただの素うどんではないか?」という疑問がふつふつと湧いた。
 じゃじゃ麺のルーツは中国の「ジャージャー麺」だそうだ。「白龍」の初代店長が徴兵されて旧・満州に出兵したおりに食べた味が忘れられず、帰国後に再現したものだという。
 じゃじゃ麺をつぶさに観察してみる。
 うどんのような麺にキュウリが乗っかり、その上には秘伝の肉味噌が乗っている。これは壺から自由によそって追加することができる。
 皿の脇にはおろし生姜と紅ショウガが添えられている。
 これを箸で掻き回し、麺と肉味噌、生姜、キュウリをぐちゃぐちゃに混ぜあわせる。けっしてお行儀がよいとは言えない行為だ。
 かき混ぜた後のじゃじゃ麺は茶色になっていて、見た目なんかお構いなしって感じである。
 さらに、テーブルの上にあるニンニク、ラー油、酢などを加えて、自分好みの味つけにしていくことができる。
 わたしはニンニクを控えめ、ラー油はやや多め、酢はけっこう多めに加え、さらにぐっちゃぐっちゃと混ぜていき、口に運んだ。
 最初の一口はおいしく感じた。でも、なにかが物足りない。さらにラー油を加えてみる。
 うん、けっこういい味になったかな。さらにすする。
 でも、なんかやっぱり物足りないな。肉味噌を追加。
 うん、いい感じ。
 という感じで、いろいろ工夫しながら食べ進んだ。
 おもしろいのは、この後である。 
 完全に食べ尽くす前に卵を落とし、またまた混ぜあわせる。そして、カウンターの向こうにいる店員さんに「お願いします」と皿を差し出すのだ。
 すると、皿の中に麺の茹で汁とネギなどを加えて掻き混ぜ、卵スープを作ってくれる。
 これが「ちいたんたん」である。これには追加料金が必要で、確か80円だったと思う。
 じゃじゃ麺の単調さに飽きたところに別の風味が加わったので、しばらくは箸が進む。また味が淡泊に感じられるにようになると、肉味噌を追加。
 そうやって、自分なりに味を調整できるところがミソかもしれない。
 しかし、冷麺などに比べると、かなりB級グルメだなという印象だった。
 わたしたちが食べ終えて店を後にする頃には、こんな大行列ができあがっていた。
 時刻は11時50分。お昼時だから当然としても、10時40分の段階で並ぶ人がいたのだから、たいへんな人気ぶりが伺える。
 
 ■白龍本店の地図
 
【周辺観光スポット】
 盛岡地方裁判所前にある「石割桜」。
 周囲23メートルの巨大な花崗岩を割って、エドヒガンザクラが伸びている。根回り4.3メートル、高さ10メートルで、樹齢は300年とも400年とも言われている。毎年4月下旬からきれいに花を咲かせるそうだ。
 大正12年(1923年)には国の天然記念物に指定されている。
 たいへん見事で、そしてけっこう感動できる史跡である。
 盛岡城跡の前にある桜山神社。じゃじゃ麺の「白龍」本店は、この道路を挟んで反対側にある。
 国指定史跡に指定されている盛岡城。白い花崗岩で組まれた石垣が数カ所残っている。
 盛岡藩主・南部家は甲斐源氏を祖とする陸奥の大名で、源頼朝の奥州征伐の時期に青森県から岩手県にかけて土着したとされる。
 その後、豊臣秀吉の小田原城攻めに参陣して領地を安堵される。
 江戸時代には南部藩から盛岡藩と改称。
 その後、八戸藩、七戸藩の小藩が誕生。3藩ともに幕末までその知行を保ち続けた。
 盛岡城は第2代藩主・南部重直の時代、寛永10年(1633年)に完成した。北上川、雫石川、中津川を自然の壕に利用した平城であった。
 現在は石垣や池が残り、岩手公園として市民の憩いの場となっている。
 赤レンガの壁と緑色のドームが印象深い岩手銀行中ノ橋支店。
 明治44年(1911年)の竣工以来、現在も銀行として営業を続けている。国の重要文化財に指定。
 盛岡市には他にも「石川啄木新婚の家」や「上の橋」といった観光スポットがある。
 詳細はこちら→盛岡タウン情報

今回入った温泉
 国見温泉 石塚旅館
  

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