わたしたちは下北半島の中央部に位置する恐山に向かっていた。
恐山は日本三大霊山、そして日本三大霊場、さらに日本三大霊地の一つである。
名前だけは有名なので子どもの頃から知ってはいたが、実際そこがどういう場所なのか、わたしは永らく知らなかった。
もともと霊の存在を信じていないので、死者の御霊を呼ぶとされるイタコの口寄せにも興味はなかった。
ところが恐山寺内に温泉があると知って、わたしの関心の度合いは突如ボルテージを上げた。
恐山。名前からしておどろおどろしい。寒々とした岩ばかりの光景が目に浮かぶ。そこでお風呂に入るなんて、なんとスリリングな体験だろう。
よし、行ってみようじゃないの。夫に提案すると、意外や意外、かなり乗り気であった。
彼も霊現象は信じない人だが、霊場での入浴という点にそそられたらしい。わたしたちはまったく似たもの夫婦である。
で、恐山を秘境だと信じて疑わない2人は、どこかでトレーラーを切り離していこうと考えていた。
きっと道が細くて引っ張って行かれないに違いない。恐山の手前にある「むつ矢立温泉キャンプ場」に停めていこうか? それとも海沿いのパーキングはどうだろう。 |
 |
悩んだ末、結局思い切って引っ張って行くことになった。
むつ市内から恐山へと至る国道4号線に乗ると、険しい坂道となった。道ばたのところどころにお地蔵様が置かれてあって、恐山への期待をいやがおうにも高めてくれる。
ふと、硫黄の匂いが鼻をかすめた。
国道4号線の勾配が次第に厳しさを増していく。
「やっべえなあ、すごい道だよぉ」 |
夫が冗談半分の口調で運転していたときは、まだよかった。
しかし、道ばたの標識が13%を示す登りカーブに差しかかったとき・・・。
「やばい、登っていかない」
夫の表情が真剣になった。
アクセルはベタ踏み、ハマーのエンジンは唸りを上げている。なのに、歩いた方が早いような速度で・・・いや、もしかしたらカメにも追い抜かれそうなスピードでしか登っていかない。
坂の途中で止まってしまうんじゃないか。
もしこの坂を登れないようなことになったら、どうなるんだろう。
「大丈夫だよね?」
わたしは不安になって、夫の横顔を見つめた。だが、夫は返事をしない。めったに見せたことのない真剣そのものの表情になっていた。
お願い、嘘でいいから「だいじょーぶ」と言って。
13%の上り坂が永遠に続くような気がして、わたしは不安に固まっていた。やっぱりトレーラーを置いてくればよかった。
だが、急勾配をなんとか登り終え、スピードが回復したときには心底ホッとした。次に同じ13%の坂があったらもうダメだと思ったが、さっきので最後だったようだ。 |
そして頂上では、この世のものとも思えぬ美しい湖がわたしたちを待ちかまえていた。
その湖の名は、宇曽利湖(うそりこ)。恐山寺の正面に位置するカルデラ湖である。
恐山というのは、この湖を中心とした外輪山の総称で、「恐山」という恐い名前の山は存在しない。 |
 |
右画像の左端にある赤いアーチ型の橋は「太鼓橋」と言って、悪人にはこの橋が針の山に見えて渡れないと言われているそうだ。
橋の下を流れるのは、その名も「三途の川」。人間が死後必ず渡らねばならない、この世とあの世を分ける川である。
元々の思想では、死者は生前の行いによって3種類の渡河方法に分けられていた。善人は金銀七宝で作られた橋を渡り、軽い罪人は浅瀬を、重い罪人は難所を渡るとされていたそうだ。 |
 |
つまり、この橋を渡れるのは善人のみというわけ。
その後、平安時代の末期には、善人も悪人も一様に船に乗って川を渡るという思想に変わっていったという。 |
|
 |
宇曽利湖の横を通り、恐山の駐車場に入る。
どれだけの広さなのか事前に調べていかなかったので不安だったが、大型バスが100台以上停まってもまだ余裕がありそうな、たいへん広い駐車場だった。
乗用車から離れた場所に停め、トレーラーの中で少し遅めのお昼ごはんを食べようとしたときだ。
発電機がオイル漏れで作動しなくなり、修理するのに30分くらい要してしまった。 |
 |
発電機が治ったので、ようやくお昼ごはん。
途中通りがかったスーパーで購入したお刺身盛り合わせと、ウニ、葡萄を食べる。
三陸などの漁場が近いだけあって、お刺身の味は抜群。ウニも地場産で大変おいしかった。 |
|
 |
門の右側にある券売所で入山料500円を支払い、ようやく恐山に入る。
券売所の傍らでは「霊場アイス」なるものが販売されていた。あとで買って食べよう・・・と言いながら、総門をくぐる。 |
 |
総門を抜けると、意外なほど小ぎれいな参道が延びていた。
なんだか奈良の法隆寺あたりに来たような雰囲気で、想像していたような薄気味悪さというものはカケラも見あたらない。
パンフレットによると、恐山は今からおよそ1,200年前の貞観4年(862年)、慈覚大師円仁によって開かれた霊場である。
当時、唐で修行中の円仁は夢のお告げに導かれ、旅の果てにこの下北の地に辿り着いた。 |
宇曽利湖と白い浜を中心として八つの山が取り囲む風景に蓮華の花の姿を見、また108つを数える地獄の風景が夢と符合するとして、地蔵菩薩一体を彫刻し、本尊としたという。
以後、地蔵信仰を背景に死者を供養する霊場として知られていくこととなる。
また恐山というとイタコが有名だ。イタコは死者の霊を自身に乗り移らせ、その言葉を語る「口寄せ」という行為をおこなう巫女の一種である。
普段はそのほとんどが恐山におらず、7月の大祭典や10月の秋詣りのときに店を構える。口寄せ料は10分3,000円が目安だという。
しかし、イタコは恐山寺に所属するものではなく、独立した存在らしい。かつては弱視者などが修行を積んでイタコとなったが、現在はなり手がおらず後継者不足だという。 |
 |
仁王像などが安置された山門をくぐると、本尊安置地蔵殿が正面に見えてくる。
その左側に広がる灰色の小山が、いわゆる地獄。さらにその手前、茶色の2つの建物が湯小屋である。入山者は無料で温泉に浸かることができる。 |
 |
これが湯小屋だ。寺社の外れではなく、思いきり参道のそばだったので非常に驚いた。
わたしたちはただちに入りたかったが、熱いお湯に入って地獄めぐりをするのもしんどいし、どうせまた汗をかくので、最後にすることにした。 |
 |
本殿でお詣りを済ませる。比較的新しくて綺麗な建物である。もっと朽ち果てたような荒れ寺を期待していたのだが、想像力の膨らませすぎだったろうか。
雲ひとつない炎天下の中、わたしたちは地獄をまわり始めた。
わたしは家に日傘を忘れてきてしまって、帽子も被っていなかった。強烈な日差しが容赦なく照りつけてきて、凄まじく暑い。
何もしないうちからすでに灼熱地獄だ。 |
 |
坂道を登る。火山岩がゴロゴロし、草木がほとんど生えていない乾燥しきった砂地だ。
もっと見渡す限り荒れ地が続くのかと思っていたが、意外と小ぢんまりとした小山という印象。
至るところに小石を積み上げた塚があり、独特のムードをかもしだしている。 |
 |
上り坂の途中にある「戦没者慰霊の碑」。
太平洋戦争で肉親を亡くした人々が慰霊に訪れるようになり、恐山が全国的に有名になるきっかけとなったという説もある。 |
 |
岩の上に置かれたお賽銭が硫黄ガスによって腐食している。 |
 |
ガスの噴出坑がいたる所にあり、あたりには硫黄の匂いがたちこめていた。
来る前は想像もしていなかったことだが、恐山は活火山の上にあるのだという。
そんなところを歩いて大丈夫なんだろうか?
草津から万座に抜けるルートは「火山性ガスが出るため停車しないでください」なんて注意書きが立っているが・・・。 |
 |
てっぺんまで登り切ったところにある慈覚大師堂(画像右上)。
その手前では、しゅうしゅうと音をたてて黄色いガスが吹き上がっている。
大師堂の傍らに積まれた石の中には、享年と名前が書かれた丸い石が混じっていた。
それを書いた親の心を想い、思わず目頭が熱くなった。 |
 |
 |
 |
頂上から下の本殿、さらにその向こうの宇曽利湖を見下ろす。 |
 |
角度を変えて宇曽利湖を臨む。
わたしが今まで見てきた中で、もっとも透明度が高くて澄みきった美しい湖である。
火山ガスの噴出する岩肌(今わたしたちが立っているところだ)は地獄に例えられ、美しい湖とそれをとりまく白い砂浜は極楽になぞらえられているのだそうだ。 |
 |
死ぬほど暑くてバテ気味だったわたしたちは、ここでリタイヤ。適当なところで下に降りることにした。
すると、砂地から温泉が湧き出ているのを発見。まるで鍋でお湯を沸かしているみたいにグツグツしている。 |
 |
お湯がどろどろと沸き出している一帯もあった。これもなんとか地獄だろうか。
ところで、人はなぜ恐山で石を積むのだろうか。これは、「賽の河原」の思想によるものである。
親より早く死んだ子どもは親不孝の報いで極楽に行くことができず、幼少ゆえ地獄に行くこともできず、賽の河原にとどまって苦を受ける。
子どもたちは親を想い、その供養のため石を積みあげて塔を築くが、鬼がそれを壊してしまう。
幾たび積み上げ作りなおしても破壊されるという繰り返しとなるが、最終的には地蔵菩薩によって救済されるという。
そして、現世において親は亡くした子の冥福を祈りつつ石を積むのである。
賽の河原の思想は仏教経典に基づいたものではなく、日本独自の土着的な地蔵信仰から発生したものだという。
わたしも亡くした子のことを想い、石を積み上げてきた。 |
 |
ちなみに案内に従って歩けば、おおよそ40分の行程となるそうだ。
ここでは紹介していないが、水子供養本尊、「血の池地獄」、賽の河原などを経て、宇曽利湖のほとりに降りて「極楽浜」に至る。そして、再び「賭博地獄」、「重罪地獄」などをめぐって総門から出る、というのが正しいまわり方だ。
さて、次のページではいよいよお待ちかね?の温泉の紹介に移りたいと思う。 |