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今季2度目の雪かきボランティア。前回は夫一人での参加で、同じ場所にトレーラーを停めさせてもらっての活動だった。
今回はわたしと娘も同行。[C.C.C]からはブラボー@府中さん、りゅう@新潟さんもボランティア参加となった。
P泊場所は、新幹線の線路側にある仮設住宅近くの駐車場。雪の合間に見えるプレハブが、新潟中越地震の被災者が今もなお避難生活を送る仮設住宅である。 |
ここ長岡に到着したのは金曜日の夜だった。関越トンネルの手前、みなかみ町ではチェーン規制がかかり、すべての車がパーキングエリアに強制入車。次いでトンネルの直前で「チェーン外せ」という指示が出て、またまたパーキングエリアに強制入車。うちのヘッド車はマッド&スノータイヤ、トレーラーはスタッドレスを履いているので、そのまま通過して本線に合流、トンネルに入った。
トンネルを出てからは凄まじい横殴りの雪が吹きつけてきて、おそるおそるの40キロ走行。
正面から白い雪が叩きつけてきて、視野が真っ白。加えて、道路も雪が積もって白線が見えなくなり、どこが路肩でどこが右車線で左車線なのかわからなくない状態だ。幾度となく、側道と本線の間の分岐に積もった雪山にトレーラーを乗り上げそうになった。
しかし、わたしがトロトロ走っている横を、地元の車がびゅんびゅん抜き去っていく。なんでみんな、そんなに飛ばせるの? 不思議でならなかった。
その後ろを走れば安心とばかりに着いて行こうとするが、みるみる引き離されてしまう。いったい原因はなんなのか?
やがて、視界が悪いのはアメリカ車特有のヘッドライトにあるらしいということに気がついた。日本車が右の車線から追いついてくると、とたんに視野がクリアになるのだ。
ライトに関しては絶対に改良の余地あり、ということで今度雪国に来る前には交換しておこう。まあ、そんなこんなでゆっくりゆっくり走ってきて、到着がずいぶん遅くなってしまったというわけである。 |
りゅうさん、ブラボーさんも駐車場に到着し、皆で「船栄」という居酒屋チェーン店に夕食を食べに出かける。
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翌日は朝から仮設住宅にて雪かき。お年寄りや体の不自由な方が多く住まう仮設住宅では、雪かきもままならない。そこで、ボランティアの人たちで玄関前を除雪するわけである。
各住宅の玄関前に山のようにたまった雪を重機が入る路地まで移動する仕事は、かなりの重労働。ときおり吹雪いたりアラレが降ったりという荒模様の中、皆さん作業に励んでいた。
画像は、雪を運ぶブラボーさんとりゅうさん。 |
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[C.C.C]三銃士!? お疲れさまです! |
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作業の合間にコーヒーブレイク。消防隊員さんとブラボーさん。 |
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このスロープを作る作業が一番しんどかったと、ブラボーさん。作業をした3人、背中と腕の筋肉痛を訴える。
この日は他に、東京の中央大学から学生20名が参加したということだ。 |
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ここがボランティアセンター。
翌日には地元・長岡市立江陽中学校の生徒さんが約30名、雪かきに参加した。なんでも陸上部の子たちだそう。うちのパパなんか、「あー、それをあっちに。これをそこへ」なんて指導する係に徹して、かなり楽をしていたらしい。 |
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日曜日の午後、ボランティアセンター長と一緒に、「長岡館」という旅館に向かった。長岡駅から北に約3キロのところにある老舗旅館である。
平成16年10月の中越大地震の影響で屋上にヒビが入り、ひどい雨漏りに悩まされているのだという。専門業者に頼むお金がないため自分で治したいとのことで、防水業を営むうちのパパが指導を頼まれての下見であった。 |
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| 「長岡館」本館の玄関。地震の影響でドアが少し歪んでいる。 |
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玄関前を通り過ぎ、深い雪をかき分けて旧館のある方へと向かう。 |
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木造3階建ての旧館。玄関前の柱に施された木の格子が、向こう側に向かって傾いている。いかに強烈な力によって歪められたかわかる。 |
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旧館の表側。向こう側に少し倒れているように見えるのは、目の錯覚?・・・ではなくって、本当に傾いているのだ。 |
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旧館を本館の中から見たところ。こうして見ると、たいして被害を受けていないように見えるのだけど・・・。 |
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中に入ってビックリ。2階の廊下が右側に向けて傾いている。 |
 階段の壁ははがれ落ち・・・。 |

廊下の壁にはひび割れが。 |
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1階の厨房の床には亀裂が走っている。
外目からは半壊程度に見える建物だが、実は全壊なのだという。もしまた震度6以上の地震があったら崩壊してしまうだろう。
社長一家の家財がまだ残っているというが、雨漏りのせいでカビの発生や一部腐敗が起きている状態だ。 |
さて、こちらは新館のロビー。古いが、非常に立派な造りの鉄筋3階建ての建物である。
2階の大広間も驚くほど立派。それなのに雨漏りのせいで宿泊客を迎えることができず、休業状態が続いているという。 |
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| 3階から屋上へ上がる。これは、地震のせいでモルタルがはがれ落ちた天井。 |
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一面を雪に覆われた屋上に登る。地震のせいでひび割れが起こり、さらに最近すぐそばで行われた河川工事による振動のため、どんどんヒビが広がっていったのだという。
社長が店で勧められたペンキを50万円分も塗ったもののまったく効果がなく、次にシリコンでヒビを補修。ようやく雨漏りが収まってきたが、次から次へとヒビが広がり、きりがないのだと社長は語った。
そこで専門家の指導をということになり、ボランティアセンター長と一緒に、パパとブラボーさんが屋上の一部を検分した。そして、ロビーに降りてお茶をいただきながら修理の方針を話し合った。
いずれにしても雪が積もった状態ではどうにもならないので、雪解け後の再訪を約して旅館を辞した。
ここへ来るまで、長岡はすっかり復興を果たしたとばかり思い、昨年の夏は長岡花火をのんびり楽しんでいたわたし。今回のボランティア・キャンプもきわめて軽い気持ちで同行した。
しかし、実際にはこうして復興から取り残され、千辛万苦を重ねている旅館・ホテルはたくさんあるらしい。費用面から専門業者に依頼できないというのである。
この「長岡館」も古いがたいそう立派な温泉旅館なのに、このまま営業再開できずにいるのは非常にもったいない。なんとかして早期再開してもらいたいものだ。
しかも、新潟県内に24箇所ある仮設住宅には、未だ7割の入居者がいるという。こうした現状を見るにつけ、改めて震災からの復興というのがいかに大変で時間のかかるものか実感したのだった。 |
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さて、帰途に着いたわたしたちだが、関越道は行き同様チェーン規制がかかり、また除雪車渋滞もあり、超ノロノロ走行。
明るいうちに関越トンネルを抜けたかったが、吹雪いたこともあって石打手前で日没を迎えてしまった。
おまけに湯沢インターからはスキー帰りの車が合流、長い渋滞となった。
うちに帰り着いたのは夜10時20分。非常に疲れたが、こうして雪のないところに帰れるわたしたちは幸せである。新潟はこれからまだまだ雪に降られ、雪と戦わなければならないのである。
できることならもう一度、雪かきボランティアに訪れなくてはと思っている。 |