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  Part8
 
 平成18年8月12日(土)〜20日(日)Vol.179
 
  
夏休みキャラバン〜第2回北海道キャラバン編E
小樽港「おたる政寿司本店」
 この夜、本当だったら余市を目指すはずだった。ところがいきなり予定が変わり、わたしたちは一つ手前の街、小樽に来ていた。
 今夜、この港から舞鶴行きのフェリーに乗る。
 実は、甲子園に出場していた息子の学校が第二試合に勝ってしまったのである。
 余市を目指し南下中の車の中で、かろうじて試合の最後の場面だけ観ることができた瞬間、再度の甲子園行きが決定した。
 次の試合がいつになるのか、それは明日の抽選会を待たなくてはわからない。だが、わたしたちは準々決勝を観るべく、舞鶴目指してフェリーに乗ることに決めた。というか、どうしても甲子園で生の試合を観たくなった夫が、かなり強引にゴリ押ししたのである。
 もしも次の準々決勝で息子の学校が勝つのであれば、このまま予定通り明日夜の便で家に帰り、改めてその次の試合を見に行くという選択肢がある。
 だが、勝つという保証はない。次の試合で負ければ、それで終わり。来年も出場できるという保証はない。次を見逃せば、永久にチャンスは訪れないかもしれないのだ。
 もともと野球には興味の無かった夫なのに、なぜ・・・。
 もっと北海道を楽しみたかった。余市のウニ丼は、どうしてくれる。
 わたしにもさまざま複雑な感情はあったが、強硬に反対しなかったのは、やはり再びナマの試合を観たいという気持ちがあったのかもしれない。
 というわけで、電話で11時半出港のフェリーを取り、小樽港「新日本海フェリー」のターミナルに到着した。手続きを済ませ、出港までの残りわずかな時間をお寿司屋さんで過ごすことになった。
 前回小樽に来たときにも食べに来た「政寿司」である。
 余市のウニ丼を食べ損ねたわたしの恨みは根深く、とことんウニを食べ尽くさないでは機嫌が直らない状況だった。
 それにしても、海水ウニ、塩ウニ、炙りウニ、これら一カンずつで各840円と、とてつもなく高いぞ(3つで840円じゃないよ)。
 だが、そんなことに構っていられない。夫の横暴でウニ丼が食べ損なったのだ、値段など気にせずに食べてやる〜!
 イクラも海老もとっても美味しかった。娘は大好きな納豆巻きをほおばり、ご満悦である。
 わたしも、もちろんウニを心ゆくまで堪能できて大満足。
 
おたる政寿司
 公式HP
 住所:小樽市花園1-1-1
 пF00134-23-0011
 営業時間:11:00〜22:00
舞鶴行き新日本海フェリー
 夕食後、わたしたちはフェリーのターミナルに戻り、ロビーでキャンセル待ちの待機に入った。
 実はわたしたちの客室はキャンセル待ちをしないと確保できないという状況だったので、乗れるかどうかは最後まで未確定だった。
 電話で取れたのはトレーラーのみの予約。客室は特等、一等はもちろん、大部屋さえ空いていなかったのである。
 だが、電話予約したときのオペレーターは、おそらくキャンセル待ちで乗れるだろうという様子であった。
 午後11時。乗船を告げるアナウンスが流れ、一般の乗客がすべて乗船し終わった頃、ようやくS寝台のチケットを受け取ることができた。
 キャンセル待ちの列には6、7人ほど並んだが、どうやら全員が乗れたようだ。
 ←人気のなくなったブリッジを通り、船へと向かう子どもたち。
  
 やっと船に乗れたのは、出港12分前。船の名前はなんの因果か、「あかしあ」であった。(「アカシア」とは、わたしたちC.C.Cがよくキャンプ会を開く会場の名前です) 
 ここが、わたしたちがかろうじてゲットしたS寝台。左右に5コずつほどの個室が並んでおり、ドアの替わりにカーテンで仕切られている。
 同じくS寝台の個室。小さなベッドと荷物置きの台があるだけのスペースだ。
 いわゆるシングルベッドよりも狭いベッドなので、子どもとの添い寝は無理。当然、子どもも一人で個室で寝ることになるため、なんだかちょっと心配になる。未就学前の幼い子どもと泊まるのは難しいと思われる。
 まあ、覚悟していたベッドだけの2等寝台や大部屋の2等は避けられたので、これで上等かも。
 しかし寝ているあいだじゅう、知らない人にいきなりカーテンを開けられるのではという不安がどこかにあり、あんまりリラックスはできなかった。
 おまけに電源がないので携帯やノートパソコンの充電もできなくて、ちょっと不自由だ。レストランや廊下などのコンセントでは、携帯を充電している様子が頻繁に見られた。
 それとインターネットの電波も届かないので、はっきり言ってやることがまったくない。せめてネットに繋がれば時間がつぶせたのだが。
 しょうがないので、ノートパソコンに入っていたソリティアを何時間もやっていたが、バッテリー残量が極小になってしまった。
 S寝台にも電源を配してもらわなくては、この電子機器全盛の時代に困るではないか。
 また、こんな事件もあった。
 個室も寝台も当然のことながら禁煙なのだが、2日目の日中、突如タバコの匂いがたちこめ、わたしは仰天して飛び起きた。
 カーテンを開けて怪しいと睨んだ寝台の前に立つが、カーテンで遮られて、火の元が突き止められない。
 そこでフロントに通報に行き、職員と一緒に戻ってきたが、やはりどの寝台かわからずじまいだった。犯人はあのおじさんではと目星は付いていたが、証拠はない。
 その後、また吸うのではと過敏になっていたわたしだったが、それきり紫煙が上がることはなかった。職員が「個室や寝台は禁煙」とアナウンスしてくれた効果があったかもしれない。
 それにしても、あんな寝台で吸うとは、おじさんも大胆な。というか、非常識である。喫煙所まで行くのが面倒で思わず吸っちゃったのだろう。
 15日夜、小樽港出港直前の最後尾のデッキ。小樽の夜景を見ようと、たくさんの乗客が集まってきていた。
 ここも禁煙にしてほしいなあ。タバコ臭くって、参った。

 さて、翌朝。レストランでバイキングを食べる。そんなに品数は多くないが、パンをトースターで焼いて食べることもできる。
 クロワッサンを焼いて食べたら、とっても美味しかった。そこでもう一個食べようとおかわりに行ったら、もう無くなっていた。もうちょっと食べたかったなあ。
 
 午前10時半、往路のフェリーとすれ違う。
 お昼のイクラ鮭丼。することがないから、お腹も空いていないのにただ食べるばかり。
 カフェテリアで高校野球を見たり、昼寝をしたりして時間を潰す。
 外のデッキでは大道芸の練習をしているお兄さんがいたそうで、娘が近くで見ていると、見事なバルーンアートを披露してくれたという。
 やがて夕方となり、日本海に沈む夕日はとてもロマンチック。

 さて、いよいよ京都の舞鶴港に近づくにつれ、それまで圏外だった携帯電話の電波が入るようになった。
 そこでわたしは、勇気をふるって甲子園球場近くに住むSさんに電話をしてみることにした。
 Sさんは、神戸空港から甲子園に向かうルートのことで親身にアドバイスしてくれた、C.C.Cメンバーの方である。メールに携帯の番号を書いて「なにかあったら電話ください」と言ってくださったので、お言葉に甘えることにしたのだ。
 「いま北海道から舞鶴に向かっているフェリーの中です」
 と話すと、Sさん、ちょっと驚かれたようだ。
 「どこでP泊したらいいでしょう」
 とお訊きすると、まず最初にSさんが借りているという駐車場の土地を挙げられた。ここは事前にメールで地図を送ってくれた場所で、甲子園からは比較的近い。
 しかし、我が家のトレーラーはとても入っていけないだろうということで、次に東条湖を勧めてくれた。
 東条湖は「おもちゃ王国」という遊園地があり、ボート遊びなどもできる行楽地。関東の人間には当然ながら馴染みが薄いが、前々から「西のかわせみ」としてTML(トレーラーメーリングリスト)では有名な場所であった。
 岡山の大山さんという方が湖畔の土地を所有され、無料でキャンプできる場所として提供してくださっている。この大山さん、一昨年の夏休みにわたしたちが小樽に訪れた最初の夜に偶然お会いし、一緒に港でP泊した方だ。
 小樽に到着し、どこに泊まろうかと迷走しているわたしたちの目の前を大山さんのトレーラーが通りかかり、追いかけていって(強引に)お知り合いになったというのがきっかけ。今考えても、実にすごいご縁である。
 いよいよ午後8時45分、わたしたちは舞鶴港到着に備え、車両甲板に降りた。
 トラック用の甲板に入れたと聞いたが、乗用車もけっこう停まっている。
 トレールライトに到着。車に乗り込み、ゲートが開くのを今か今かと待つ。
 GPSが入らないところにいたので、カーナビはまだ小樽港の位置を指し示していた。
 出発地小樽からここ舞鶴まで約1000キロ、30ノット20時間の航海であった。
 車両甲板のゲートが開く。おおー、まるでサンダーバード出撃って感じでワクワクする。
 ゲートが全開となり、いよいよ本州、京都府は舞鶴へと降りたつ。
 しかし、頭の中はまだ北海道モードで、街を走っていても京都へ来たという実感がどうにも湧いてこない。陸地を走っていれば、徐々に関西だなあと感じてくるものなのだが、船で一気に来てしまったので、周りの車が札幌や釧路ナンバーじゃなく京都ナンバーばかりなのはなんだか妙な感じだ。
 わたしたちは今夜のP泊地を兵庫県の東条湖と定め、105キロの道のりを走り始めた。
 舞鶴若狭道路で京都府から兵庫県まで南下し、中国道に乗り換え。ひょうご東条ICから約6キロほど走った先が、東条湖である。
 しかし、その前に温泉に入りたくて、途中のICで降り、遅くまでやっている温泉に向かったのだった。しかし、そこはすでに潰れてなくなっていた。
 それで得た教訓は、「温泉ガイド本は最新のものを」であった。参考にした本は、2003年版のものであった。
 仕方がないので、あまりパッとしない印象だったが鹿之子温泉に立ち寄り、ようやく深夜に東条湖に到着した。
 ところで、高速道路を走っている途中、こちらに帰るフェリーの中から酒飲み@大阪さんが電話をくださった。おそらくSさんから連絡がいったのだろう。
 東条湖のP泊場所への入り方などを詳しく教えてくださったが、夜だったので、現地で少し迷ってしまった。そこでご迷惑を顧みず深夜1時にお電話し、誘導していただいたり、電源の場所をお訊きしたりした。本当にご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました。
   
■今回利用した温泉
 鹿之子温泉
          

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