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 Part2
 
 平成18年9月15日(金)〜18日(月)Vol.181
 
鳴子温泉めぐりin吹上高原キャンプ場 Part2
 前ページ「鳴子温泉めぐりin吹上高原キャンプ場」の続きです。
 
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2泊目 鬼首吹上高原キャンプ場その2
 鳴子温泉めぐりを終えてキャンプ場に戻ってきたのは、夜の7時頃だった。
 6時までに帰れと言われていたのに遅くなったので、よしかパパさんはすっかり怒り心頭に発していた。
 やばい、怒ってるよ〜と思いながらも、よしかさんが冷静になだめている(あしらっている?)様子。さすがよしかさん、すぐムキになってしまうわたしとは大違い。落ち着いてパパさんの怒りを解こうとしている。
 夫妻のやりとりに益子さんがカラカラと笑い、その場の空気を和ませてくれた。
 そう、益子さんは「丸進別館」で偶然出会った後、うちのパパに会うためわざわざこの吹上高原まで登っていらしたのだ。
 ドームテントの中で温泉の話をしながら飲み食いしながらも、わたしは実は夕方から気がかりな一件をずっと引きずっていた。
 土曜日の夕方、中二の息子が校外学習解散後、直接こちらに向かっていた。
 屋代さんに率いられて鳴子で湯めぐりしている最中も、息子からの電話を受けたり、新宿から大宮に行くには何線か、なんて屋代さんに訊いてもらったりした。
 東京在住のよしかさんとわたしが知らないのに、鳴子のガソリンスタンドのおじさんが「埼京線だよ」と教えてくれた。
 そうか、埼京線か。いやあ、わたしたちセレブだから電車に乗らないんだよね。(大嘘である)
 息子に電話で「埼京線に乗って大宮に行き、そこから盛岡行きの東北新幹線に乗って古川駅で降りるんだよ。チケットを買って時間がわかったら、また電話ちょうだい」と言って、いったん切る。
 やがて息子から連絡があり、7時26分の新幹線に乗るという。
 本当はもっとゴタゴタと色々なやりとりがあったのだが――お金が足りなそうだとか、携帯のバッテリーがなくなりそうだとか。簡単に説明すると、そんな感じ。
 最後の連絡の際、もうバッテリーが残り少ないから電源を切っておくね、と息子は言っていた。
 大丈夫なんだろうか。
 キャンプ場に戻ってから何度も電話してみたが、やはり繋がらなかった。
 午後9時15分過ぎ、古川駅まで迎えに行った夫から電話が入った。
 古川駅は、鳴子温泉駅から陸羽東線で50分ほど行ったところにある。本当は新幹線から乗り換えて鳴子温泉駅まで来させるはずだった。が、お金が足りないというので、古川駅まで迎えに行くことになったのである。
 その夫が「ハヤトが来ない」と言ってきた。もしかしたら乗り遅れたのかもしれない。次の新幹線の到着は約1時間後、それを待とうということになった。
 だが、10時半になっても、息子は姿を現さない。
 さすがに不安になってきた。
 乗り間違えて違う方面に行ってしまったのだろうか。携帯のバッテリー切れで連絡ができないでいるのかもしれない。などと思っていたら、11時過ぎ、見慣れない番号からの電話を受けた。
 むむ、これは息子に違いない。
 そう思って、電話に出る。
 「ママ・・・」
 案の定、息子だった。とりあえず生きているらしい。もしかして誘拐されちゃったとか。
 「あのね。新幹線で寝ていたら寝過ごしちゃって、盛岡駅まで来ちゃったんだ」
 「え〜〜盛岡駅ぃ!!」
 2オクターブは上がったわたしの声に、よしかさん、益子さんが反応する。
 えっ、なになに、という様子になったのが視野の端っこに見える。
 電話の相手が息子から、駅員さんに変わった。
 駅員さんの説明は、すでに上りの最終列車はもうない。お子さんということを考慮して、今夜は駅に泊めさせる。明日の朝一番の新幹線に乗せて送り返す。乗り過ごしたということで料金はいただかない、というものだった。
 わたしが「仮眠室のような所で寝かせていただけるのですか」とお訊きすると、
 「いや、駅は無人になってしまうので待合所で・・・」との答え。
 な、な、なに、待合所? おんば日傘で育ったようなうちの坊ちゃまが待合所で一夜を開かすなんてことができるのだろうか。
 駅は照明が消されて暗くなるが、特別に案内所の電気はつけておいてくれると言う。
 こちらは、それではよろしくお願いします、と言って電話を切るより他にない。
 寒くないのかな。ソファ椅子でもあれば横になって寝られるだろうけど、もし椅子が並んでいるだけだったら寝られないね、なんて話しながら、夜は更けていった。
 益子さんは、
 「わたしが若い頃は夜行列車で旅をして、駅に泊まるなんてことはしょっちゅうだった。いや、いい経験になりますよ。子どもが一人旅をして困ったことがあったら、大人が必ず面倒見てくれるものです。当然のことですよ。本人にもいい経験です」
 と、盛んに言う。
 しかし、現在の盛岡駅は無人になるらしいですよと言うと、そうか、今はもう夜行列車が走ってないのかな、なんて思案顔になっていた。
 さて、翌朝。
 6時に目覚ましをセットし、起床。夫を起こして迎えに行ってもらう。
 盛岡から古川までは新幹線で1時間足らず。7時ちょっと過ぎには古川駅に到着するはずだった。
 昨夜飲みながら、「戻ってくる新幹線でまた寝過ごしちゃって、東京から『ママ〜』なんて電話がかかってきたりして」と笑いながら話したものだ。それが現実にならないことを祈りつつ、夫からの連絡を待つ。
 さて、無事にピックアップされた息子がキャンプ場に現れたのは、朝ご飯を食べているとき。
 思ったより元気そうだ。
 聞くところによると、昨夜新幹線の中で寝過ごした息子は終点まで目覚めることなく、そこで駅員さんにもしもし、と揺り起こされたという。
 途中で目覚めて不安になるより、かえって良かったじゃない?
 朝は駅員さんにあんパンと焼きそばパンをご馳走になったそうだ。
 わたしはお礼を言うため、盛岡駅に電話を入れた。お世話をしてくれた駅員さんは業務のため事務室におられなかったが、事情をご存じの方が代わりに出て、お礼をことづかってくださった。
 よしかパパさんに「いよっ、ミスター盛岡」なんてからかわれちゃって、えへへ、と照れ笑いする息子。なんかちょっと逞しくなったみたいじゃない。
 朝ご飯後。
 息子が女の子3人の子守を引き受けてくれたため、よしかさん夫妻、うちのパパとわたしは鳴子温泉に降りることになった。
 午前中のうちに2軒ほどまわる予定で、まず東鳴子温泉にある初音旅館を訪れた。
 ここは益子さんがうちの掲示板にお勧めとして書いてくださった場所のうちの一つ。黒湯のある湯治宿である。
 広い前庭の隅に車を停めてわたしたち4人が降りていくと、小雨が降る中、建物の中から女将らしい女性が出てきた。
 今までたくさん温泉めぐりをしてきたが、出迎えを受けたのはこれが初めてのこと。おっと、断られるのかな、と一瞬身構えてしまった。
 宿の場合は宿泊客が優先されるので、ここも混んでいれば断られるよ、とは益子さんから聞いていた。
 女将さんによると、うちは湯治宿で混浴なんですよ。どうなさいます、ということであった。
 そして、ここはどうしてお知りになったんですか、と訊いてくる。
 わたしが「益子さんという方から聞いて」と答えると、夫が「○○大学の教授なんですよ」と言い添える。
 女将が、どなただったかしら、と考えているような微妙な表情となった。
 大学教授のネームバリューが物を言ったものか、よしかさんが混浴でもOKと言ったのがよかったのか、ともあれわたしたちは中に通された。
 内部はいかにも昭和の匂いを漂わせる雰囲気で、わたしは郷愁さえ憶えた。
 いいなあ、こういう古びた威厳のある木の建物。夜なんか一人でトイレに行けないかもしれないけど。
 さて、初音を出たあとは、今度は鳴子温泉地区へと向かう。
 鳴子に来たというのに、今回はまだ一度も駅近くの温泉街に行ってなかった。そこで、大きなホテルが密集したあたりで、大きな大浴場を備えたホテルにでも、と考えていた。
 今回は、鄙びているのは好きだがB級は嫌、というよしかパパさんも一緒のことだし、最後の締めくくりとして鳴子観光ホテルを選んだ。
 時刻は、午前11をちょっと過ぎた頃。このホテルの日帰り入浴時間は11時半からだった。
 ちょっと早いから、時間になるまで「滝の湯」に行ってみる? という話も出たが、鳴子観光ホテルの駐車場に入れたら、ホテルの人がもう入れてくれると言う。わたしたちはフロントに行き、料金を支払って温泉に直行することができた。
 鄙びた古い宿をこよなく愛する益子さんや屋代さんに反抗するつもりは、毛頭ない。わたしも倒れかかったような古宿であろうが、屋根に穴が開いていようが、お湯が良ければぜんぜん気にならないクチだ。
 でも、たまには髪を洗いたいときもあるし、そう、10回に1回くらいは綺麗な大浴場に入りたいと思うことがある。で、今回がそれというわけ。
 入ってみると白濁した正統な硫黄泉で、一部循環させているということが判明したものの、満足いくお湯だった。
2泊目
 鳴子温泉に行き、キャンプ場に戻ってきたわたしたち。トレーラーでゲームをしながらお留守番をしていた子どもたちを伴って、お昼ご飯を食べに「鳴子の風」というレストランにやって来た。
 ここはキャンプ場に併設された地発泡酒レストラン。地ビールに目がないわたしは、下調べの段階から「ここには絶対行くぞ!」と思っていたのだった。
 しかし今回初めて、よしかさんはビールが苦手ということが判明し、わたしは「しまった〜」と、ほぞを噛んだ。
 どうやらよしかさんは日本酒党らしい。
 ちなみに地発泡酒のお味は、ラガーはまずまず。フルーツ系のものは甘くて、まるでジュースのよう。もう少し強力な逸品が欲しいものだと思った。
 ところで、子どもたちの様子であるが、この頃になるとすっかりうち解けて、ゲームのキャラクターの話などで盛りあがっていた。カナちゃんとうちのマリナは同い年なので、けっこう話は合うようだ。問題は、小一の次女レナちゃん。
 うちの娘がカナちゃんとベッタリになり、レナちゃんを仲間はずれにしないか心配だったが、これもまあまずまず大丈夫のようだった。
 息子の目撃証言によると、マリナがレナちゃんに命令したり威張っていたよ、ということだったが・・・。
 レストランに来てもゲームの話題が尽きないカナちゃんと、うちの娘。結局キャンプ場に来たというのに、一度も外で遊ぶことがなかった。雨だったから仕方がない。今度はぜひ晴れたときに一緒にキャンプしたいね。
 
←レナちゃんになにくれとなく世話を焼くよしかパパさん。本当に子煩悩なパパだ。 
お誕生日会
 今日はカナちゃんのお誕生日であった。大人4人だけで鳴子温泉に行き、2軒の温泉に入り終わって帰るとき、よしかさんご夫妻は「ケーキを買いたい」と言った。
 しかし、鳴子でケーキ屋さんはちょっと憶えがない。きっと駅前にはあるのだろうけど、とりあえず鳴子大橋前にあるセブンイレブンに立ち寄ってみることにした。が、そこにケーキはなかった。
 そこで、昨日立ち寄った、東多賀旅館横にあるスーパーに行ってみることにした。
 車の中で待っていると、あったあったと、ご夫妻が戻ってきた。一緒に行った主人も、何やら買いこんで膨らんだレジ袋を抱えて車に乗りこんできた。
 夜はトレーラーの中でささやかなお誕生日会が催された。ハッピーバースデートゥーユーと歌を歌い、カナちゃん9歳のバースデーを祝う。
 ロウソクがなかったのが残念だ。スーパーにお仏壇用のロウソクはあったのだが、さすがにそれを立てるわけにもいかないし。
 材料があれば、ぼくがケーキを作るのに。と、キャンプ会でよくデコレーションケーキを作る夫が言った。
  それにしてもこのカナちゃんレナちゃん姉妹、わたしにとっては長いこと、よしかさんの旅行記に登場する物語の主人公であった。
 だから今回ご一緒して、物語の登場人物が目の前にひょっこり現れたような、不思議な感覚を味わうこととなった。
 前々から顔を知っているのに、どこか遠い存在。実在しているのに、架空の人物のような。
 そんな二人が我が家のトレーラーにいるのはとても妙な感じがしたし、彼女たちに話しかけられると、銀幕の向こうのヒロインに話しかけられたような不思議な気がした。
 うちの娘が二人と仲良くなれたのはこの上ない喜びだったし、これからも時々一緒にキャンプをして、さらに友情を深めていってほしいと思うのだった。
※このページはまだ書きかけです。
  
■本日利用した温泉
 初音旅館 鳴子観光ホテル スパ鬼首
                

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