泊目:8月12日(木)夜 ■大洗港〜フェリーの中 |
フェリーに乗り遅れたら大変と、かなり早く大洗に到着。
ちょっと温泉に入っていこうと「潮騒の湯」に立ち寄った。電話で「循環ですか?」と確認したら、きっぱりと「掛け流しです!」という返答があったのだが、プールもそこのけの塩素臭には驚かされた。
「あれでも掛け流しなのかねぇ・・・」と疑問に思いつつ、今度は回転寿司店へ。閉店間際に滑り込み、ラストオーダーで注文する。なかなか上等なネタで美味しかった。これから本場・北海道で美味しい魚介類を食べられるのに、なにも茨城で食べて行かなくても・・・とも思ったけれど。 |
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さあ、お腹もふくれたことだし、フェリー乗り場に行きますか。我が家はクルマとトレーラーの全長を測るなどの手続きがいろいろあるので、早めに来てくれとフェリー会社から言われているのだ。で、22時前にフェリー前の駐車場に到着。パパが搭乗手続きしている間、わたしたちはクルマで待っていた。するとトレーラーを珍しがってか、何人かが写真を撮りに来る。近くにいるライダーたちもこちらを見てなにか話していて、注目されるのはかなり恥ずかしかった。全長を測りにきたお兄さんも「いやあ、これ家っすね」と感嘆していた。
※にフェリーの料金表がこのページの一番下にあります。 |
↑これが乗船する「さんふらわぁ みと」。右は、フェリーの前で乗船時間を待つグランドサーベイヤー。
搭乗手続きが終わると間もなく、同伴者はフェリーに乗りこめる。ドライバーは家族と別れてクルマに残り、係員の指示に従って順次
乗り入れていくことになる。
こうして船を見上げていると、タイタニック号を見上げるローズの心境になってくる。長男も、「船に乗ったらタイタニックごっこしよう」なんてことを言う。船首で両手を広げるアレである。
#そーいうことはお母さんとじゃなく、大人になってから恋人としなさい。 |
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乗船ターミナルから、飛行機のタラップと同じような通路を使ってフェリーへ乗りこむ。
船といえば、湖の遊覧船以外乗ったことがないわたしたち。かなりドキドキワクワク、コーフン気味。しかも過剰に手荷物を持ち過ぎてしまい、ひたすら重い。ふうふう言いながら船内に入ると、ありがたいことにエスカレーターがあった。タイタニックにはなかっただろうな、エスカレータ。 |
ちなみにタイタニック号は全長264.7メートル、幅27.7メートル、総トン数は46,328トンだったそうだ。一方、この「さんふらわあ
みと」は全長 186m、幅25.5m、総トン数 11,782トン。えっ、こんなに大きくて100年前のタイタニックより小さいわけ?しかも乗用車140台、トラック175台を乗せて、タイタニックより軽い?
と、ちょっと意外である。
(あ、総トン数ってクルマを乗せてないときの重量だよね、やっぱり。)
それから「さんふらわあ みと」の旅客定員は 514名。一方、タイタニックは2,000人以上乗っていたというから、さぞかし過密状態だったのだろう。
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ロビーには子どもたちを出迎える着ぐるみのワンちゃんがいて、アメを配っていた。娘は大喜びで記念撮影。はい、ワンちゃん、舌を引っこめて〜♪
それからフロントで鍵を受け取り、客室へ。狭いがなかなか快適そうな部屋だ。テレビがあり、ちゃんとお茶を飲めるようティーバッグとポットも置かれている。窓の外を見下ろすと、駐車場にハマー&グラサベの姿発見。パパに電話を入れ、「見える〜?ここだよ〜」と、スタンドの電気を付けたり消したりして合図してみた。「おお、見える見える!」パパがクルマから降りてきて手を振る。それにしてもドライバーは大変だなぁ。 |
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| 次に部屋をへ出て、船内を探索して歩く。まずお風呂からチェック。おおー、なかなか広いじゃないの。でも、わたしたちさっき入ってきたから、明日でいいよね。今度はゲームコーナーに行き当たる。目を輝かす子どもたち。うう、お金をむしりとられそうな予感。他には売店、スナックコーナー、レストランなどがある。 |
それからデッキに出て、潮風に吹かれてみた。あれこれ歩き回ってみたが、船首側と船尾側は立ち入り禁止区域で、残念ながらタイタニックごっこはできないことが判明。長男がっかり。
そうこうしているうちにあっという間に出港の23時59分となり、船が静かに動き出した。携帯でメールを打っていたら気づかなかったほどの、静かな船出だった。
その少し前にパパもグラサベを引いて格納庫に入っていた。電源が欲しいと言ったため、最後の最後に乗船となったのである。デッキでパパと合流したのち部屋に引き上げ、わたしたちは就寝した。 |
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泊目:8月13日(金) ■ フェリーの中〜苫小牧港まで |
さて、翌朝。「朝食のお支度ができました」という館内放送で目覚め、レストランへ。希望はホテルなみの和洋中バイキングだが、そんなものが用意されているわけもなく、和食か洋食のセット1パターンずつから選ぶという簡単なもの。あとフルーツやコーヒーなどが単品で注文できる。
食事がすんだら、デッキをお散歩。紺碧の海がひたすら美しく、空もきれい。左舷側には本州の海岸線がくっきりと見渡せ、飽きることなく眺めていられる。 |
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やがて放送があり、帰りの「さんふらわあ」とすれ違う光景を見ることができた。
こうしてみると大きくて美しい船だ。デッキに人の姿が見えたので思わず手を振ったが、振り返してくれる人がいたかどうかはよく見えなかった。 |
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←本州最東端である岩手県宮古市の重茂半島。白い塔がトドヶ崎灯台で、元灯台長婦人の原作による映画「喜びも悲しみ幾年月」のモデルとなったことでも有名。(と放送で言っていた)
そういう名前の映画があるのは知っていたが、灯台守の話だとは知らなかった。どんなストーリーなのか、機会があったら映画を観てみたいと思った。 |
後はすることがないので昼食までにお風呂に入っておこうと思い、浴室に行った。脱衣所はちょっと狭く、3人以上着替えだすと、もう行き場がなくなるほどだ。今は午前11時頃とあってとても空いており、お風呂に浸かりながらのんびりと本州の海岸線を眺めた。これが温泉だったらもっとハッピーなのだが、まぁいいか〜。
お風呂に浸かっていると、フェリーの揺れにあわせて体が浮いたり沈んだりを繰り返すのがおもしろかった。 |
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お風呂から上がると、もう昼食である。えー、さっき食べたばっかりじゃん。と思うほど、けっこう時が早く過ぎていく。
上はランチメニューの一つ、ミートスパゲティ・セットだ。サラダ、カニ・グラタン、スープ、フルーツがついていた。 |
とにかくすることが限られているので、食べるか寝るか、テレビを見るぐらいしかやることがない。で、長男はこの暇な時間を有効利用すべく宿題に取り組んだ(途中で逃げ出したが)。 |
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夜7時45分、予定通りフェリーは苫小牧港に入港した。最後の数時間は長く感じられたが、もうちょっと乗っていてもいいかな・・・という気分になっていた頃、部屋を乗務員が訪れた。「一番最初に出ていただきますので、ご家族全員でお車に乗ってください」とのことだ。あらかじめ荷物はまとめていたのですぐに部屋を出て、エレベータで格納庫に降りる。大型トラックや貨物コンテナに囲まれたハマーH2&グラサベが、いかにも場違いな感じでわたしたちを待っていた。
貨物スペースには普通の乗用車も紛れこんでいる。遅れて到着して、ここに誘導されたのだろうか。フェリーでは乗船の際には家族バラバラだが、降船のときには家族一緒にクルマに乗って降りることになっている。周囲の乗用車にドライバーと同伴者が、トラックにも続々とドライバーが乗り込み、いよいよ降船開始だ。 |
初めて家族とともに降り立つ北海道の大地。だが、カーナビの画面は未だに大洗を示している。数秒のラグがあって、やっと苫小牧の地図が映しだされた。娘は、「ナビもきっと驚いてるんだね」。
で、まず夕食を食べようと、偶然通りかかったラーメン屋さんに入った。北海道の地で食べる初めての食事。早く来ないかな〜。 |
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わたしが注文したのは、こってりとした北海道ならではの味噌ラーメン。濃い味好みなので、とてもおいしかった。
このあとは最初のP泊予定地である支笏湖(しこつこ)へ移動。続きは次のページをご覧ください。 |