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標高1,300m〜1,600mの高原にある鹿沢温泉は
♪雪よ〜岩よ、我ら〜が宿り〜♪でおなじみの「雪山讃歌発祥の地」なのだそうだ。
雪のため温泉宿に閉じ込められた京大山岳部のメンバーが部の歌を作ろうと、西堀栄三郎氏(第1回南極越冬隊長)が中心になって作詩し、アメリカの民謡「Oh,
My Darling Clementine」をメロディに歌ったのが始まりなんだとか。
湯の丸山の登山基地として栄えたこの地にふさわしいエピソードである。 |
鎌倉時代から湯治場として知られた鹿沢温泉であるが、大湯などの共同浴場もいつしか消滅し、多くの湯宿は下に移って新鹿沢温泉を形成した。この「紅葉館」だけが残って一軒宿となったらしい。
ただし、新鹿沢温泉から坂道を登って間もなくのところにあり、道路沿いということもあり、そんなに秘湯という環境にはない。周囲には美しい眺めの滝や川が流れ、風光明媚ではある。
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ところで、階段を降りたところにある浴室のお湯はいい温泉という説がある。昔ながらの湯治宿はポンプで汲み上げたりせず、源泉になるべく近いところに浴室を持ってきているからなんだそうだ。
その説に従えば、ここ「紅葉館」のお湯はいいお湯、ということになる。古い階段を下って浴室に向かう雰囲気は、昨年行った「那須温泉 雲海閣」をほうふつとさせた。 |
さて、いよいよ浴室へ。思った通りの、レトロで味わいのある鄙びた雰囲気だ。
お湯はかすかに濁っており、鉄臭が漂っている。先ほど入ってきた「平治温泉」と似た泉質との印象を受けたが、泡はついてこない。
注ぎ口周辺にびっしりとツブツブした析出物が付着しており、コップが置かれていた。お湯を飲んでみると、鉄の味プラス薄い塩味と硫化水素系。単純に鉄味しかしなかった平治温泉より、いろいろと成分が多い感じだ。やや緑がかった灰色のお湯に、茶色っぽい湯の花が舞っている。 |
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男湯との仕切りに掘られた石のレリーフがまた古めかしい。レリーフといえば、先だって行ってきた南伊豆の「みなと湯」が強烈だったが、こちらはかなりの時代物だ。
大阪から来たという年配の女性と、その娘らしい女性と小学生のお嬢さんご一家と一緒になり、お湯に浸かりながら温泉談義に花が咲いた。
大阪からわざわざ訪れるほどメジャーなのかな、ここって? と思い尋ねると、お祖母ちゃまのお茶(だったかお花だったか、踊りだったか失念してしまいました)の先生のご実家が、この「紅葉館」なんだそうだ。先ほど到着し、今夜はここに泊まると話しておられた。羨ましいナ。 |
ついたてと「うたせ湯」→
↓脱衣所に張られていた源泉の説明図  |
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昭和26年には天皇も訪れたというわりに、外観や廊下の雰囲気など、いかにもそれらしい重々しさは感じられない。つい先週、薬師温泉のような重厚な時代風の宿を見てしまったせいか、どちらかというとごく普通の旅館という印象を受けた。
だが後から思い返してみると、本当はなにより贅沢な空間がそこにはあった気がする。目新しさを追わず、昔ながらの佇まいのまま湯を守り続ける。これがなによりも大変で、また得がたい貴重なものではないだろうか。
短時間ではあるが、この贅沢な空間を一期一会の大阪からの客と共有できたことに感動しつつ、いつまでもこのままの姿で、このままのお湯を提供し続けていってもらいたいと願った。 |