杉江家のどこでも別荘 キャンプ日記
                〜31フィートのキャンピングトレーラーと温泉情報

 


平成21年8月1日(土)〜2日(日) Vol.268
長岡花火キャンプ
 
   悠久山公園 駐車場
 初めて長岡花火を見に来たのは平成15年。以来、毎年りゅう@新潟さんにご招待いただいて見続け、今年でとうとう6年目の夏を迎えた。
 しかし、夫は日曜日に仕事が入ってしまい、長男は友だちとの約束があって不参加。初めて娘との二人旅となった。
 金曜日の夜に自宅を出発して24時、すなわち土曜日の午前零時きっかりに長岡インターチェンジを出るため、最後の方はかなりゆっくり走行した。
 長岡の手前のサービスエリアで10分ほど時間調整した結果、「週末千円割引」によって1,600円というありがたい料金で出ることができた。
 今回のP泊場所は、昨年同様悠久山公園駐車場。到着したのは午前12時半だったが、りゅうさんが起きて待っていてくれた。木曜日には千葉から もっちさんが見えたが、またどこかに出かけていったというので、駐車場にはわたしたちの2台だけである。
 さっそく缶ビールとおつまみでささやかな宴会を開き、ひとしきりお喋りしてから就寝となった。
 
   兼続お船ミュージアム
 翌土曜日。花火は日曜日なので、今日はあまりというか、ほとんどすることがない。
 しかし、どこかへ行こうにも、わたしには移動用の乗用車がない。そこで りゅうさんにお願いして「兼続お船ミュージアム(与板歴史民俗資料館)」に連れて行ってもらうことにした。
 直江家の居城・与板城のあった長岡市与板町にあり、悠久山公園からは23キロほどの距離だ。ぽつぽつと雨が降るなか到着すると、正面玄関前にTVカメラを用意した取材スタッフの姿があった。
 ここはNHK大河ドラマ「天地人」の主役である直江兼続夫妻を扱う資料館なので、その取材に来ていたのだろうと思った。ちなみに与板は兼続正室・お船の方の生誕地なのだ。
 さて、「天地人」を観ていないという人のために、兼続とお船について簡単に解説しておこう。
 兼続は安土桃山時代の末期から江戸時代初期にかけて上杉景勝に仕え、家老職に就いた。初名は樋口兼続。NHKでは妻夫木聡が演じている。幼少時代は、トヨタのCMで”子ども店長”をやってる加藤清史郎クンが演じた。また近いうち、兼続の嫡男役で清史郎クンが登場するそうである。
 兼続の妻・お船は代々家老職にあった直江家の娘で、ここ与板で生まれた。
 父に跡継ぎの男子がいなかったため婿養子を迎えて家名を継がせた。が、その夫が家臣間のいざこざで殺されてしまったため、今度は兼続を婿にした。再婚で年上の聡明な妻を常盤貴子が好演している。
 彼らの主君である上杉景勝も兼続同様、養子の身だ。謙信の姉の子で、謙信亡きあと同じく謙信の養子であった景虎と壮絶な家督争いをしている。兼続の奮闘もあって無事、越後上杉家の二代目当主となった。
 つまり景勝と兼続は共に養子同士という、なにかしらウマの合う要素があったのかも知れない。以降、互いを信頼した二人三脚で戦国の荒波を乗り越え、米沢上杉家の基盤を築いた。
 ←「兼続お船ミュージアム」の館内に張られていたポスター。
 中央が兼続、左がお船、右が北村一輝演じる上杉景勝。
 この主役3人の上にいる二人が、家督争いを起こした景虎と妻・華姫である。華姫は景勝の妹で、謙信の意向により景虎に嫁いだ。しかし、家督争いに破れた末に幼い嫡男も殺されてしまい、景虎とともに自害する道を選ぶ。二人が死を決意して抱き合うシーンは非常に泣けた。
 ポスターの一番上は小栗旬演じる石田三成と、真田幸村の姉・初音(演じるは長澤まさみ)。彼女だけがフィクションの存在で、隠密的な役割を担っている(NHK大河にはありがち)。
 ここからは悪口になるが、兼続を中心に描こうとするあまり有名人物と強引にかかわらせたり、架空の人物が前面に出てきて絡んだりと、特に前半で歴史の本筋とは関係のないシーンが多すぎるというのがこれまでの印象だ。
 またドラマでは兼続と石田三成の友情に多くの時間が割かれたが、三成の盟友としては大谷吉継が有名なのに、ここまでは登場しない(関ヶ原の合戦には出てくるらしい)。吉継との友情秘話はまったく描かれず、兼続との交流のみが強調されるという偏りは気になる。
 これは歴史好きのためのドラマではなく、兼続や女たちのメランコリックなホームドラマといった印象である。
 さて、これがあの有名な「愛」の字を前立てにあしらった、兼続の兜のレプリカ。本物は米沢市の上杉神社が所用している。
 上杉景勝は越後の大名だったが、豊臣秀吉の命で会津へ移転となった。その際、兼続は米沢に所領をもらい受けて米沢城主となった。
 1600年の「関ヶ原の合戦」のあと、景勝は敵対した徳川家康により減封され、会津藩120万石から米沢藩30万石の大名に格下げとなった。これに伴い、兼続は米沢城を景勝に譲っている。愛の兜が米沢に残るのは、そんな縁によるものなのである。
 この「愛」という文字について、一般的な解釈としては当時軍神として信仰されていた「愛染明王」から採られたものとしている。一方、ドラマでは民への愛、家族への愛といった「仁愛」を表すものとしている。

 2階に上がると、大河ドラマに関するコーナーが設けられていた。これは撮影で使われた、つまり常盤貴子さんが実際に着た打ち掛けと小袖。
 お船はここ与板町の生まれだというので、このコーナーでは常盤貴子さんが特に大きく紹介されていた。テレビでは地元の皆さんにあてた彼女のメッセージが流れていた。
 後で聞いた話だが、明日の花火には常盤さんと侍女役のあき竹城がゲストとして来るそうだ。
 「ご自由に羽織ってください」と書かれた打ち掛けが置かれた、記念撮影コーナー。というわけで、兼続さんと記念の1枚を撮ってもらいました。
 誰か「お船どの」と呼んで。
 娘にも打ち掛けを羽織ってみるよう薦めたが、「いいよ」と乗り気でない様子。難しい年頃である。
 ドラマで使われた小道具も展示されていた。
 右は兼続からお船にあてた書状。包み紙に「お船殿」と書かれている。
 左側は、出陣前の兼続に届けられたお船の髪の毛(第18話)。この時の二人は景勝の命で縁組みはしたものの、お船は与板城、兼続は春日山城と別々の場所におり、まだ夫婦として会っていない状態。にもかかわらずお船は妻として夫の無事と武運を願い、直江家家宝の短刀と一房の黒髪、そして直江家に仕える武士を数名遣わしたという設定なのである。
 余談だが、お船と最初の夫との間には男子が生まれていたが、再婚にあたって出家させたという。母にも子にも可哀想な話だが、今後、兼続との間に男子が生まれたら家督相続争いが起こることを懸念しての処置だろうと思う。上杉家の熾烈な争いを見てきたお船ならではの決断ではないだろうか。
 だが、運命とは過酷なもの。結婚13年目にして待望の嫡男を授かるが、10代後半の若さで父より先に病死してしまうのだ。そのため直江家が無嗣断絶となったのは、歴史の皮肉である。
 出家していた男子を還俗させて後を継がせることもできたはずだが、お船はそこまでして直江家を残そうと思わなかったのかもしれない。このジタバタしない潔さが、お船の魅力なのだ。
 こちらもお船の衣装。初期の頃に着ていたモンペ?である。
 さて、ひととおり見学したので、ミュージアムを後にしようと1階に下りてエントランスへ。すると、まるで待ち構えていたかのように取材スタッフが目の前に現れた。
 なんとNHKさんだそうだ。「ちょっとインタビューよろしいですか?」と尋ねてくるので、動揺しつつもOKした。
 まずは「ご家族ですか?」という質問から。舞ちゃんを抱っこしたりゅうさんと、娘を連れたわたし。はたから見れば家族連れに見えなくもない。全国ネットで放送されて実家の両親や知人に誤解されたら困るので、速攻で「いや友だちです!」と全力否定した。
 続いて「天地人、お好きですか?」との質問だ。まあ、好きだから来てるんだけどさ。
 次の質問は、「最近の歴女ブームについてどう思われますか?」というものだった。
 歴女って、年配の方々には耳慣れない新語かもしれない。「歴史好きの女子」を縮めて「歴女」という。特に、戦国武将好きの若い女性のことを指す。
 わたしは待ってましたとばかりに、日頃から溜めこんでいた思いをカメラに向けてぶちまけた。
 歴史好きといったって、テレビゲームやコミックやアニメなどで極端に美化された作品を観て影響され、昨日今日ファンになったハナ垂れである。歴史に触れる足がかりとしてはいいかもしれないが、底が浅い。もっと色々な本を読んで歴史の勉強をしてもらいたい。
 などと偉そうに述べたのである(いや、ハナ垂れは言わなかったか)。
 で、終わってから「何の番組なんですか?」と聞いたら、「天地人」のスポット番組で「歴女大集合」とかいう特番だそう。内容を聞いて、「あ〜わたしはカットされるな」と即座に思った。
 歴女について面白おかしく取りあげる番組に、批判的なコメントが紹介されるわけがない。
 後日放送された番組を録画してチラ見したが、幸いにも映っていないようだった(早送りだから漏れがあるかもしれないけど)。今度からインタビューを受ける場合は、あらかじめ番組の趣向を詳しく聞き、空気をよく読んで臨むことにしよう。
   
   花みずき温泉 喜芳
 ミュージアムから直接「花みずき温泉 喜芳」に向かった。5年ほど前に建てられた新しく立派な施設で、大人800円というのは高いが、この佇まいを見ると納得せざるを得ない。
 内湯は循環の大浴槽が1つと、水風呂とサウナ。目張りがされていて、眺めはないのが残念。
 露天風呂には、循環の浴槽と五右衛門風呂、そして階段の上に掛け流しの檜風呂が。
 この温泉施設に唯一の掛け流し浴槽。単純温泉だが、うっすらと黄色く濁っており、ほんのり硫黄臭も感じられる。肌触りもスベスベで、ぬるま湯なのもゆったりできていい。
 そんなに濃い温泉というわけではないが、こうした平地にしてはいい出来。例え一つであっても、小さくても源泉掛け流しを設けてくれる見識の高さにも感謝である。
      
   居酒屋へ
 悠久山公園に戻ると、仕事を終えたNaoさんが乗用車でやってきていた。Naoさんはりゅうさんの奥さんで、新潟市内の病院にお勤めの看護師さんだ。
 全員揃ったところで、長岡駅前の居酒屋さんに繰りだすため路線バスに乗りこむ。
 ここのバスは後ろから乗り、前でお金を払って降りるシステム。めったにバスに乗らないので、最初から最後まであたふたしてしまった。娘なんかピッタシの硬貨を両替機に入れてしまうし。
 駅前からちょこっと歩いたところにある渋い居酒屋さん。りゅうさん夫妻が結婚前によく来た所だとか。
 しかし、おにぎりを頼んだら巻き寿司が出てきたのには驚いてしまった。最初は間違いかと思ったが、店主は「これがうちのおにぎり」とのたまう。まあ、口に入っちゃえば同じだけど。
     
   長岡花火打ち上げ開始!
 さて、翌日曜日。待ちに待った花火当日である。
 この日は朝8時半から りゅうさんのお母さんが並んでくれて、りゅうさん、Outomo@上尾さん、あっきぃさんも10時くらいから並びに加わった。
 それに先立ち、Outomoさんとあっきぃさんは悠久山公園から移動してジャスコの駐車場に入っていた。わたしも行動を共にしたかったが、ジャスコは花火会場に近く花火見物客による駐車が多い上(というか、ほとんどそれだろう)、終了と同時に一斉に出てくるため、相当激しい渋滞になるという。
 花火が終わるのは9時半。下手に渋滞にはまると、零時までに高速道路に乗れるかどうか怪しいそうだ。しかし、日付が変わる前に高速に乗らなければ、来たときと同じ1,600円で帰れない。練馬〜長岡間を正規に支払うとなると6,600円になってしまうから(実際には深夜割りで3,300円ほどなのだが)、これはかなりマジにならざるをえない。
 そこで、わたしは1キロくらい離れた別のスーパーにクルマを停めた。りゅうさんによれば、「そこなら裏道から関越道に抜けられるから早く高速に乗れるよ」とのことだった。
 そのスーパーで朝ご飯や飲み物などを購入すると、わたしは運転席に座ってあたりの様子を伺いながら食べた。ジャスコほど広くない駐車場は時間とともにたちまち満車となり、どうにも肩身が狭い感じだ。もっとキャンピングカーが来るかと思ったが、ハイエースのキャンパー仕様みたいなのが一台停まっている他は、普通の買い物客の乗用車ばかり。
 これは夜までいられそうにないと思い、ジャスコの駐車場に入っているはずの あっきぃさんの携帯に電話を入れる。すると、「まだ空きがあるよ〜」とのお返事。後から来た仲間が入れるように大きく間を取り、さらに奥を空けて停めたという。
 さっそく移動してジャスコの建物の向こう側にある駐車場に乗り入れると、真っ黒に日焼けした警備のおじさんが赤棒を振って飛んできた。笑いながら、「いくらなんでも、これは入んねぇなあ」と言う。これより先は立体駐車場だったが、手前から立体駐車場の建物に添ったところにかけて平地の駐車スペースがあり、あっきぃたちはそこに停めていた。
 わたしは「そこの仲間の所に停めますから」と言って彼らのキャンピングカーを指差すと、「あ〜それならNo problemだな。そのままズドーンと入れちゃっていいよ!」ときた。
 この人、口調はこんな感じだがニコニコしながら英語を交え、とても愛嬌がある。「おじさん、英語が上手ね!」とヨイショすると、調子に乗ってさらに英単語(笑)を連発してくれた。
 あっきぃたちのクルマの前をふさぐように横向きで駐車し、運転席から降りる。すると、おじさんが近寄ってきて「これから買い物? あっ、この時間だと、もう花火か!」なんて言って笑った。
 そう、公認かどうかは知らないが、ジャスコでは花火見学客のクルマを追いださないのだ。国道に面した駐車場には、アスファルトの上にパラボラアンテナを堂々と立てているキャンピングカーもいる。さすがにここまでやるのはどうかとも思うが、どこに行っても肩身の狭いキャンピングカー族としては嬉しい待遇である。
 太っ腹のジャスコに感謝。「早く出ていけ」と言わんばかりの態度だった、どこかのスーパーとはえらい違いだわ。
 もちろん花火客は単に停めるだけではなく、お弁当やビールなどの買い物をするので、普段以上にお金を落としていく。ましてキャンピングカーは自給自足だから、乗用車で来た客より多く買うのではないだろうか。このことから見ても、キャンピングカーだからといって排除しようとする姿勢は間違っていると確実に言えるはずだ。
 ジャスコ長岡店にとって、この日は1年で最も高い収益となったに違いない。

 さて、車内でお昼ご飯を食べていると、Outomoママがパスタの差し入れをしてくれた。全部娘に食べられちゃったけど、すごく美味しそうだったです。どうもありがとうございました。
 1時過ぎ、りゅうさんから「開場時間が早まるらしい」という最新情報が入った。これをOutomo家とあっきぃ家に伝えると、わたしと娘は花火会場の堤防へ向かった。場所取りには一人でも人数が多い方が有利なので、全員参加が鉄則なのである。
 会場のゲート前に行くと、並んでいる人たちと警備員たちがなにやら揉めていた。
 列が長くなりすぎたため全校集会みたいな縦列に分けたことや、敷物を敷いている人たちを抜かして前に詰めさせたことなどに観客側が不満を抱き、警備員に詰め寄っているらしい。
 つまり、わたしたちより先に並んでいた人たちが1列目の最後尾となり、後から来たわたしたちは2列目の先頭というのは、不公平じゃないか!? というようなことらしい。そこで2列目先頭代表の りゅうさんのお母さんが警備員に、「だから、1列目が入場したら2列目が入るという風にすればいいでしょ」と納得させ、わたしたちは後からゆっくり入りましょうねということになった。
 実はりゅうさんは偶然出くわしたお母さんのお友だちのグループに混ぜてもらい、ちゃっかりと1列目の前の方に入っていた。スピードとパワーが要求されるシート敷きは りゅうさん、Outomoさん、あっきぃら若い男性群にお任せし、か弱い(笑)お母さんとわたしと娘は「ゆっくり入場組」と相成った。
 開場の予定は2時だったが、あまりに並ぶ人が多すぎて対処しきれなくなり、1時半頃に繰り上げられることとなった。
 そして、開場! それ行け〜と、りゅうさんたちが飛びこむのを目撃した直後のことだった。
 横入り組が後ろからも前からも横からも、要するに前後左右からどっと押し寄せ、わたしたちは突入の渦に巻きこまれてしまった。
 1列目の先頭が入り終わったら2列目の先頭が入る、という取り決めだったのに、それを一切無視した2列目の人たちと、最初から並んでもいなかった横入り組が前と横から激しく押してきたのだ。
 ひどい、あまりにもひどいルール無視である。世界中で日本人ほどきっちり行列を作るマナーのよい国民はいないと思っていたのに、これほど無秩序状態になるとは。
 警備員さんが「押さないでください!」と赤棒を横にして叫び続けるが、わたしたちは突入の波に逆らうことができず、警備員ごと会場内に押し出されていた。
 結局1列目の人が全部入る前に、自由観覧席のグリーン上を駆け下るはめになったのである。
 後ろから押されている最中、脳裏に明石花火大会の将棋倒し事故が横切った。もし前の人が倒れたら、わたしたちも圧死! という大変な危機だ。しかも、ここは足元のあまり良くない草むらの下り坂である。いつ転ぶかもわからない。
 娘は、娘はだいじょうぶかぁ〜!?
 が、会場の中は広いため、荒波はたちまち和らいだ。誰も転ぶことがなくて、ホッと一安心である。
 先に飛びこんでいたりゅうさん、Outomoさん、あっきぃさんはシートを広げて場所取り成功。いや素早い。早業。ご苦労様です。
 いやあスゴイ無法状態だったねと話しながらシートに座りこむと、今度は前の方で別のバトルが勃発していた。
 一人で、しかも手ぶらで場所取りに参戦していたおばさんがいたのだ。「ここからここまでアタシが取ったのよ!」と主張しているが、隣のカップルは構わずどんどんシートを広げてくる。
 おばさんはブルーシートを払いのけ、自らの縄張りを死守しようと試みるが、若い兄ちゃんに体当たりされ、はじき返されていた。

無事に大仕事を成し遂げた勇者たちと、りゅうさんのお母さん、うちの娘。
 掴み合いにまで発展しかねない険悪な雰囲気が漂い、まさに一発触発!!
 どうなることかと固唾を呑んで見守るわたしたち。ゴクン!(←固唾を呑んだ音)
 おばさんはカップルに激しく抵抗しつつ、携帯で「106番よ、106番のゲート! 早く降りてきて!」と半狂乱で連れを呼んでいる。
 しかし、この連れは一体いつ来るんだか。こちらも「早く来てあげてよ。おばちゃん、分が悪いよ〜」という気分だ。
 兄ちゃんのブルーシートはおばさんの足元にまで侵出してきて、おばさん一人ではどうにも抗しきれない。やはり場所を主張するヒモとかシートとか何も持たないで縄張り宣言するのは、ちと厳しい。
 花火の場所取りは仁義なき世界、そして掟なき戦いなのである。なんと言ってもブルーシートを広げたモン勝ちの厳しい現実世界。
 もちろん彼らにも温情はあり、おばさん一人が座る分まで分取ったというわけではない。しかし、おばさんはどうしても兄ちゃんが座っているあたりまで縄張りを張りたい様子である。
 だけど、このまま居座ったとしても気まずいで〜、おばちゃん。
 花火が終わるまでの7時間、バトル交えた連中と隣り合わせなんてさ。早く諦めちゃいなよ、よかったらウチにおいで。という心情にわたしがなった、その時。
 いくら待っても連れが来ないおばさん、結局は諦めざるを得なかったようで、意外にすっと退却していった。しかし、内心ははらわたが煮えくり返るような心境だったに違いない。
 こちらとしても、もっと激しい戦闘(掴み合いのバトルとか乱闘)があるかと期待・・・いやいや危惧していたのだが、あっさり幕引きされて良かったです〜。(大嘘)
 おばさんには「来年は連れと一緒に行動しましょう」というエールを送ってあげたい。
 それに引き換え、わたしたち「りゅうさんチーム」は連絡をうまく取りあい、協力し合って上手に場所取りできましたね!
 無事に場所を確保したので、いったんジャスコに引き揚げようと歩きだしたところ、「もう開場しちゃったの!」と激怒しているオバサンに遭遇した。
 予定の2時より大幅に早く開場したことを知らずに来たおばさん二人、レジャーシートを手に警備員に抗議しているのだ。
 「なんで早く開場しちゃったの! そんなことしていいの!」と青筋立てて怒ってる。
 て言うかぁ〜、
 2時きっかりに来ればいいやというおばさんたちの甘さには笑っちゃう。
 こっちは8時半に並び始めたんだから!
 早まるという情報をすかさずゲットして、ただちに集結したんだから!
 突入の荒波に揉まれて命がけだったんだから!
 あのオバサンたちにわたしたちの苦労と決死の覚悟を理解させるにはどうしたらいいんだ!!
 花火の場所取りは「仁義なき戦い」。そして、情報戦なんだからねっ。
 しかし、オマエはいったい何をしたんだい、というツッコミはナシにしてね♪

 さて、いったんジャスコの駐車場に戻ったわたしたち。
 車の中で娘に浴衣を着せるべく大奮闘していた。事前に買っておいた浴衣が妙に大きくて、うまく着付けられないのだ。
 こんなわたしに似ず、娘はとっても地味好き。わたしが選ぶ派手派手な水着も女の子らしい可愛いワンピースも嫌いで、身長に見合った浴衣もことごとく気に入らない。ほら、最近の女の子の浴衣って牡丹やサクラなどの花柄で、色も鮮やかな紫とかで派手じゃないですか。
 それが全部気に入らないって言うんだから、こっちも「浴衣っていうのは、みんなこういう柄なの!」と、ちょいキレ気味。「とりあえずコレならいいかな〜」と娘がチョイスしたそれは、「身長高めの人用」という大きいサイズのものだった。
 そんなのを買ってしまったので、着付けし慣れない人間には扱えないわけ。さて、困った。着たことは着たけど、なんか変だよ。前の合わせがくるっと一周してしまって、裾が巻きスカートみたいになっちゃってる。
 これは着付けが下手なんじゃなくて、浴衣が大きすぎるんだよ。しかも小学生の女の子が着るにしては地味な印象で、なんとなくしっこりしない。
 こうなったらもったいないが、新しい浴衣を買いにいこう。あら偶然にも目の前にジャスコがあるではないか!
 というわけで、これが新しく買った浴衣。
 売り場で試着したいと申し出たら、着物姿の店員さんが腰紐を使って着付けてくれた。腰紐は別途購入品だったが、さすがにプロだけあって上手である。
 とりあえず可愛い柄でおさまったものの、これでもかなり地味な方。わたしは濃いピンク地に牡丹柄などの派手な浴衣を着せたかったが、娘はピンクは嫌だという。
 で、中間で妥協した結果がコレ、というわけだ。
 しかし、新しいのを買ったので1枚余ってしまった。もちろん帯も下駄もある。こうなったら必然的にわたしが着るしかないではないか。
 ジャスコで買った浴衣は赤い帯と下駄がセットの商品だったが、この赤い帯をわたしがもらい、最初に買った浴衣とセットだったピンクの帯を娘に付けてもらった。
 ↑元々赤い帯とセットの浴衣だが、ピンクも意外に合って可愛らしい雰囲気。帯に飾りが欲しいと思って、別途購入した可愛い飾りを垂らしてみた。
 ウチの娘とあっきぃ家の子どもたちの背後にいるのが、元々は娘のために買った浴衣を着たわたし。さすがにジャスコの店員さんに依頼はできなかったので、キャンピングカーの中で自分で着ました。
 わたしにとってもサイズが大きくて、けっこう大変。「きもの、きもの、きものが着られる♪ アラブの富豪に嫁ぎます〜♪」と口ずさみながら、暑い車内で悪戦苦闘。
 次第に暮れなずんでいく中、ゲームに夢中の子どもたち。
 だんだんと扱いにくい年頃になってきたので、こんな可愛い後ろ姿を永遠に留めておきたいなぁ〜なんて思ったりして。
 さて、2時に場所取りして花火開始は午後7時。この席は無料なのだが、それゆえ場所取りが熾烈なこと以上に待ち時間が長いのは最大の難点だ。これが有料桟敷席とかならちょっと前に来ればいいのだから、疲労度がずいぶんと違う。
 おまけに先ほどまでの晴天はどこへやら、日暮れが近づくとともに雨雲も近づいてきて、そのうち大粒の雨が落ちてきた。みんな傘を差したりビニールシートを被ったりして凌ぐ。
 このまま雨が止まずに中止になったら、一生懸命ゲットしたこの場所はどうなるの?なんて言っていたら、「長岡花火は予定通り開催されます」というアナウンスが流れた。
 そして、午後7時15分、メッセージ花火コーナーが始まった。この頃には雨もほぼ上がり、視界もすっきり美しい花火である。
 が、その後も降ったり止んだりの繰り返しとなり、9時にクライマックスの復興祈願花火「フェニックス」が華々しく打ち上がり始めると、わたしたちの背後からはゴロゴロと不吉な音が近づいてきた。カミナリの音が強くなると同時に激しい雨も降ってきて、もう花火どころではない状態となった。
 前では花火がドンドンピカピカ、後ろでもピカピカゴロゴロ。子どもたちは怯え、ママたちはそれを庇って立ち上がる。うちの娘もあっきぃママやOutomoママと一緒にこの場から引き揚げ、先に帰っていった。
 わたしはりゅうさんたちとともに残り、花火終了まで見届けてからブルーシートを撤収した。
 カミナリは真上まで来ることなく去ったが、雨は止まなかった。混乱してよく覚えていないが、プログラムの最後にあった「ベスビアス大スターマイン」は打ち上げられずに終わったようだった。
 ジャスコの駐車場に戻ると皆さんにお礼と別れを告げ、雨で濡れた浴衣のままキャンピングカーの運転席に飛び乗ってエンジン始動。
 ・・・が、セルが1回「キュルッ」といっただけで、エンジンはかからなかった。
 実は数日前からバッテリーの機能が低下していたわたしのクルマは悠久山公園でもエンジンがかからず、りゅうさんの乗用車にコードで繋げてもらって事なきを得たのだった。
 今回はあっきぃさんのキャンピングカーに繋げてもらってエンジンを始動させた。
 最後の瞬間まで仲間にはご面倒をかけてしまった。
 が、最大の試練はこれからだった。まずジャスコの駐車場から出るのに数十分。その後も100メートル進むのに1時間要するほどの大渋滞に巻きこまれた。
 なにしろジャスコや、それ以外の店舗に停めてあった乗用車が花火終了と共に一斉に関越道方面を目指したのである。長岡中心部のすべての道路と交差点がクルマで埋めつくされ、少しも動かない。何十分も待ってようやく5メートル進むという、亀よりも遅い進み具合もさることながら、裏道に逃げてもクルマで一杯。ひとつの交差点を曲がるのに何十分もかかるという悲惨な状況であった。
 結局、長岡インターに乗ることができたのは、午前1時のこと。つまり”千円”で帰れるリミット、日曜日の24時を過ぎてしまったのだ。
 いったん関越道に乗ってしまえば、あとはスイスイ。しかし、眠気も襲ってくる。サービスエリアで2度ほど仮眠しながら東京を目指した。
 その2度目の仮眠のときだった。
 3時間ほど眠ってからエンジンをかけようとしたが、かからない。さっきはすんなりかかったので安心していたのだが、3時間の間にバッテリーが空っけつになってしまったようだ。なにも電気は使わなかったのに。
 助けを求めようにも、近くに仲間はおろか乗用車一台も停まっていない。時刻は午前7時。サービスエリアには無人の車がぽつりぽつりといるだけ。エンジンルームを開けてコードも用意したが、頼むべき人間がいない。ガソリンスタンドに行ったが、クルマがないのでできないと断られてしまった。
 そこで、これから道路工事に向かうらしいトラックの運転手さんたちに手助けをお願いした。
 最初はかからなかったが、10分ほどエンジンを回しっぱなしにしてもらって、なんとかエンジンをかけることができた。
 助けてくださった3人のおじさん、本当にありがとうございました。長岡でも帰路でも多くの人たちの助けをいただきながら、なんとか無事に帰り着くことができました。
 皆さん、本当にありがとう。
 
 
今回入った温泉 花みずき温泉
  
  
 


杉江家のどこでも別荘 キャンプ日記

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