4日目 パリ発、レンタカーの旅3
 
モン・サン・ミッシェルへ
 サン・ドニの街を後にし、次なる目的地モン・サン・ミッシェルへと走りだすわたしたち母娘。パソコン・カーナビの指示に従って、いったんパリへと戻る。
 パリ市街地の外縁を走り、ハイウェイに乗った。だが、この時点ではまだこのカーナビに慣れておらず、ハイウェイの乗り口を逸してUターンしたり、間違えてばかり。どうにかこうにかフランス東部に至るハイウェイに乗り、約360キロの道のりを走り始めた。
 
ミシュランのルート検索ページの地図。検索によると3時間25分かかるという。
 一方、実際に通ったルートはパソコン・カーナビの「Auto Route2006」が指示した、「Le Mans」を通るルートだった。マイバス社の観光バスもルマンを通ったと記憶しているので、これでよいはずなのだが・・・。
 間もなく、車外にはのどかな田園風景が展開し始めた。パリを離れるとフランスってこんなに田舎なのか、と感心するやら呆れるやら。
 菜の花畑が延々とどこまでも広がり、美しい眺めである。
 フランスは右側通行なので、追い越し車線は一番左端となる。日本ではノロノロ運転の車が走るのが常のこの車線を、高速車がビュンビュン走り抜けていくのはとても妙な感じであった。
 逆にゆっくり走りたい場合は、一番右側を走ることになる。日本とはなにもかも逆なので最初は戸惑うが、こういうものは慣れである。最初はゆっくりゆっくりを心がけていたわたしも、次第にスピードを出し始め、追い越し車線を走ることもあった。
 フランスの道路はA1とか、N10、D206などというように、アルファベットと数字の組み合わせで表される。Aは有料道路、Nは一般道、Dはローカル道を表している。Aの道路は必ず有料かというとそうでもないらしく、料金所がないまま下に降りたことも多かった。
 ネットでは「フランス人は飛ばし屋」などと喧伝されているが、実際に走ってみると、わたしとしては「これくらいでちょうどいいんじゃないの?」という感想を抱いた。
 これはわたしが普段からスピードを出して走るからだろう。常々、日本の高速道路はゆっくりすぎると感じているだけに、フランスの高速道の制限速度が130キロというのは理にかなっていると思う。
 なにしろ、地方に行くと道路はかなり空いている。
 フランスの国土は日本の約1.5倍。人口は世界第47位、人口密度は110人(1キロ平方メートル中)である。
 対する日本の人口は世界第10位、人口密度は337人(km2)だ。つまり日本は狭い国土に許容範囲を超えた数の車が走り回り、どこへ行っても渋滞を成している。
 東日本の主要高速道路である中央道、東名道、東北道などはすぐに詰まってしまって、なかなか順調な走りができない。これにはドライバーのマナーの悪さにも起因しているのだが、後で述べることにする。
 一方、フランスの道路はきわめて走りやすい。国境付近にしか山脈がなく、国土の多くが平野という国だけに、登りや下り、カーブなどはあんまりない。
 日本の中央道や上信越道を走ったことのある方ならご存じだろうが、日本の高速道は山岳地帯に無理矢理通した感じのものが多い。
 カーブに次ぐカーブ。きつい登りが終わったと思ったら、今度は急な下り。そして、また登り。といったハードな行程が果てしなく続く。
 それに比べると、なだらかで単調なフランスの地方道は、走りやすいかわりに睡魔を引き起こす。
 見えるものといったら、どこまでも果てしなく続く畑ばかり。時々ゆっくり走っている車を追い抜く以外、きわめて単調な運転が続く。
 トラックは基本的に130キロを超えることはなく、いつも通常車線を走っている。めったに追い越し車線に出てくることはないから、安心して走れる。つまり、緊張感がないのだ。
 これで眠くならない方がどうかしている。
 わたしはトイレ休憩も兼ねて、売店も何もない休憩所に立ち寄った。
 日本の高速道路でもそうだが、こういう無人の休憩所と、カフェ、ガソリンスタンドなどを備えた大型の休憩所がかわるがわる点在している。
 前もって標識で案内されるが、文字はもちろんフランス語だ。でも、フランス語がわからなくても、ある程度英語の知識があればなんとなく意味がつかめるものである。
 トイレのみの休憩所で一休みのプジョー君。緑が多くて清々しい休憩所だった。
 野鳥が多く飛来してきていて、美しいさえずりも聞かれた。
 フランスの高速道路を走ってみて一番感心したのは、フランス人ドライバーのマナーの良さである。
 とにかく一番右側の通常車線を走るのが基本で、追い越し車線をだらだら走り続けることはしない。
 日本で3車線の場合、左側2本がガラガラでも、ずっと追い越し車線を走っている車をよく見かける。左側はすぐに遅い車に追いついてしまうから、追い越し車線を走り続けた方が楽だ、という気持ちは理解できる。
 だが、追い越し車線はあくまでも追い越すときに使用すべき車線だ。
 追い越しが終わったら通常走行車線に戻らなくてはならないのだが、日本ではそのルールを知らないドライバーが結構多い。だらだらと追い越し車線を走っていて、後ろから後続車が追いついてきても譲らない。それで詰まってしまって渋滞の元になる。
 フランスのドライバーには、この「追い越し車線は追い越し時だけのもの」という意識が徹底している。
 通常走行車線を走っていて遅い車に行き当たると、ウィンカーを出して真ん中車線へ。追い越し中は、ずっとウィンカーを出しっぱなしにしている。
 最初、ウィンカーを戻すのを忘れているのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。ウィンカー出しっぱなしは、「ただいま追い越し中ですよ」という意思表示なのである。
 追い越し終わると、きっちりと元の車線に戻る。それも、追い越した車のわりとすぐ前にだ。礼儀を言えばもっと離れてから入るべきだと思うのだが、フランスではあまり遠慮がない。
 通常走行車線に戻ってしばらく走ると、また遅い車に追いつく。またウィンカーを出しっぱなしにしながら追い抜く。走行車線に戻る。また追い越し。また戻る。
 これの繰り返しである。
 決して、だらだら追い越し車線を走り続けない。
 パリの外郭を通るハイウェイみたいに混雑している場所では別だが、空いているハイウェイではほぼ例外なく、すべてのドライバーがこのルールに従っている。
 本当にえらい。フランスで一番感心したことと言えば、実にこれだった。
 そして興味深かったのは、先行車に続いて一緒に追い越しをかけた後続車も、抜かし終わって通常車線に戻るときは、同じ順番で元の車線に戻っていくことだった。
 3台くらいがまとまってきっちり車線変更していく様は、なかなか感心されられるものがあった。
 まあ、時々は先頭を追い抜いて自分が先頭に躍り出ようとする車もいるが、それほどせっかちな走りをする車は少ない。
 先ほども書いたが、速度制限は130キロ。遅い車っていったって、それでも100キロ以上は優に出ている。だから、そんなに血眼にならなくてもスイスイ進むのである。
 スピードに慣れてくると、130キロでも遅く感じてきてしまうから不思議。気がつくと150キロ出ていた、なんてことはザラだ。120キロの車を追い越そうとしたら、そのくらい軽く出てしまう。
 で、調子に乗って150キロで追い越しをかけていたら、右側のガードレールの外でぴかりと光る青白い光を目撃。
 「うわー、やられた、カメラに撮られた!」と、真っ青になった。
 しばらく頭の中が大混乱。ただちに白バイが追っかけてくるんだろうか。それとも、モン・サン・ミッシェルのホテルに警察が現れるのかな。あるいは、帰国後にインターポールから出頭命令が届くのかしら。
 非現実的な考えが次々と頭を巡る。
 が、しばらく走っているうちに、「ま、いいや。なんとかなるさ」と、気を持ち直すことにした。
 このくらい楽観的な前向き指向じゃないと、海外でレンタカーなんて真似はとうていできないさねー、と開き直る。
 実際、日本でだって後から出頭命令が届くのだ。フランスのようなのんびりした国で、警官がすぐ行動を起こすとはとうてい考えられない。
 ところで、走ればなくなっていくのがガソリンである。見知らぬ土地を一人で走っていて一番心配なのが、ガス欠という事態。それだけはなんとしても避けたいので、ガス・メーターが半分以下になると速攻ガソリンスタンドへ入り、早めの給油を心がけた。
 これは高速道路のパーキングで、初めてガソリンスタンドに入ったときの給油風景だ。
 フランスではほとんどの場合、セルフが基本。給油機から適応する種類のガソリンのハンドルを把り、車の給油口に差し込む。ただこれだけのことなのだが、なにしろ日本でもセルフ歴一回のわたしはかなりまごついてしまった。
 まず最初に確認しておくべきだったのが、車の給油口の開け方だ。我が家の車が2台とも車内に開口ボタンやレバーがあるのに対し、このプジョーにはいくら探してもそれらしきものがない。
 降りて給油口を確認したら、なんと蓋を手で開けるタイプだった。蓋を開けると鍵穴があるので、エンジン・キーを抜いてそれで開ける。
 で、次は車が使っているガソリンの種類だが、キーホルダーにも給油口にもシールが貼られて明記されているにもかかわらず、幾本もあるハンドルのうちどれなのか、すぐにはわかりかねた。
 プレミアムとかエクセレントとか色々あって、どれがどれやら、って感じである。
 やっとハンドルを突っ込んで給油開始。
 今度はハンドルを握り続けていて、溢れ出してしまわないか冷や冷や。でも、満タンになるとガクンと衝撃が走って自動的に停まり、一安心。
 給油ハンドルを戻し、蓋を閉めて、次にやることは支払いだ。
 最近増えてきた日本のセルフと同様、事務所に行って手続きをすることになる。このとき自分が給油した機械の番号を覚えておくこと。
 わたしが事務所に行くと先客がいて、受付のお姉さんに「No.なんとか」と番号を告げてカードで支払いを済ませていた。わたしもそれに習って番号を言い、JCBカードを差しだした。
 だが、カードスキャナーに通した後、「これは使えない」と言われてしまい、結局セゾンカードを使うことになった。なんだあ、ANA・JCBでマイルを溜めようと思ったのに。
 なにはともあれ無事支払いを済ませ、車に戻る。
 娘に心配をかけてはいけないと、何ごとも平然と対処している(つもりの)わたしだが、内心では「どうしよう〜どうしよう〜」と冷や汗の連続だ。
 今回の給油も初体験ということでドキドキだったが、まわりをよく見て、他の人の真似をしていればいいということがわかった。給油の仕方、支払いの場所、方法など。
 このあと3回、給油することになるが、ある時はまわりの人に助けられつつ、なんとか凌ぐことができたのだった。
 さて、モン・サン・ミッシェルへは一本の高速道路で行けるかと思っていたが、そうではなかった。
 Aのつく道路を降りたかと思うと、Nに乗り換え、Dのついたローカルな田舎道を走り、時には小さな街を通り抜け、畑道を通り抜け、またAのつく高速道路へ。
 なんなんだ、このルートは。と思いながらも、従うより他にない。
 実は昨年の渡仏の際、マイバス社のオプショナルツアーでモン・サン・ミッシェルへ行っているわけなのだが、こんなに下道を走ったっけ? というほど下道が多かった。
 下道でもっとも困難だったのは、フランス特有のロータリー。
 数キロごとに結構頻繁に現れ、混乱させてくれる。一方通行で左回りと決まっており、放射線状に伸びる道路に乗り換えるシステム。
 信号で待たされることがないので、ある意味合理的だ。それに、道がわからなければ、わかるまでロータリーをぐるぐる回っていればいいので、これも合理的。 だが、もともと車に弱い娘はロータリーを旋回しているうちに酔ってしまい、窓から首を出してゲロゲロするハメになってしまった。
 なぜ車酔いするほど旋回したかというと、慣れないうちは方向がわかりにくいのである。
 左の図を見てもらいたい。
 D321をそのまま直進するにはロータリーを半周するわけだが、真ん中の植え込みに背の高い木が植えられているため、回っているうちに直進する道路がどれなのかわからなくなってしまう。ハンドルを握る者は右側からロータリーに入ってくる車両にも注意を払わなければならないし、うっかりするとやり過ごしてしまう。
 で、ぐるぐる回っているうちに、もと来たD321の方に入ってしまう、なんてこともあるのだ。
 もちろん、ロータリーの出口に立っている標識にはちゃんと「D321、○○行き」と書いてあるのだが、見落としたり、カーナビの指示を読み誤ったり、カーナビには載っていないロータリーが現れたりで、なんだかんだと間違えてしまうのである。
 ロータリーのコツを掴み、カーナビの指示も正確に受け取れるようになった頃には、すでに帰国する間際になっていた。
 ノルマンディ地方に入ると、車窓はさらに酪農的雰囲気が増してきた。
 白黒や茶色の牛が牧草をはんでいる姿が頻繁に見られる。
 窓ガラスが異様に汚れているのは、高速道路で激突してきた虫によるもの。とにかく半端じゃない数の虫が次々ぶつかってきて、一度は前が見えないほどであった。
 道路際にいた牛に、思わず車を停めて見入る。このとき道を間違えて、同じ牛の所を行ったり来たりしていた最中であった。
 牛も「アンタ、また来たの」なんて、こちらを見てたりして。
やっとモン・サン・ミッシェル到着
 間もなく午後6時になろうという頃、ようやく前方にモン・サン・ミッシェルの姿がちらちらと垣間見えるようになってきた。
 娘も、その先端の尖った特徴的な姿をたちまち認め、「着いた、着いた」と大喜び。昨年お土産に買ってきたクッキーの缶に描かれたモン・サン・ミッシェルに、憧れを抱き続けてきた娘である。
 午後1時頃サン・ドニを出発してから約5時間、ずいぶん時間がかかったものだ。前回はバスで4時間くらいだったと記憶している。おそらくバスは高速優先のルートを選んだものと思われる。
 わたしたちは下道が多く、大きなロスをしたようだ。
 モン・サン・ミッシェル対岸のホテル街を抜け、いよいよ最終ストレートにさしかかる。
 どんどん近くなってくるモン・サン・ミッシェル。気持ちがはやる。
 モン・サン・ミッシェルの左側、緑の牧草地になっているあたりが湾である。ユネスコの世界遺産ではこの湾も含めての登録となっている。
 だが、道路を造ったために潮の流れが堰き止められ、近年、草が生えて乾燥化してきてしまっている。
 写真などでよく見かける、海に浮かんだモン・サン・ミッシェルは、この湾に潮が満ちたときの姿である。
 道路をさらに進むと、やがて通行止めに。係員が立っていて、停止させられる。
 わたしは窓から顔を出して「ホテルに行きたいんですが」と英語で言うと、「No.1の駐車場に入るように」と指示された。
 どうやらNo.1はホテル宿泊者専用らしい。駐車場入口で係員のおじさんに「1泊4ユーロ」と言われ、支払う。
 駐車場をずーっと奥に進むと、モン・サン・ミッシェルの壁手前まで行くことができた。


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