 |
「大運河」の側にある「プチ・ヴェニス」というレストランに来た。
オープンテラス席が清々しそうなので、ここでランチを取ることにした。 |
 |
子ども用メニューがあったことが、ここに決めた要因のひとつ。でも、それがチキン・ナゲットとポテトとは・・・。思わずあっけにとられ、お口あんぐりのわたし。これじゃあマクドナルドだよ。 |
 |
大人用のセットメニューは、オニオンと赤ワインソースで味付けした超硬いビーフ。1/3に手を付けただけで残してしまった。 |
 |
デザートのチョコレートケーキは美味しかった。でも、娘に半分以上奪われ、わたしは子どもに出された美味しくないアイスクリームを食べるハメに。うう、母親って悲しい・・・。
前回ツアーで入ったレストランの方が美味しかったかなと、少し後悔した。ボーイさんはトルシエ監督とジミー・コナーズ(古っ)似の、大変いい人でした。 |
レンタサイクル |
|
実は今回、娘が非常に楽しみにしていた庭園で自転車を借りてのサイクリング。1時間6ユーロ、30分4ユーロ。借りるときにパスポートなど身分証明になるものを預けなくてはならない。
場所は大運河の所にあり、宮殿からそこまで結構歩く。
また、宮殿の方には入っていけず、いわゆる無料スペースしか自由に走ることはできない。グラン・トリアノン、プチ・トリアノンなどにも自転車で行けるかどうかは不明だが、あるいは規制があるかもしれない。
右の画像はわたしが「関所」と名付けた門であるが、宮殿側から出るときは何もいらないが、戻るときに1日パスポートの提示を求められる。
つまりここから先の宮殿、「ラトナの泉水」、「アポロンの泉水」側は有料スペースとなる。
思ったよりも足がわりにならず、娘の体力も追いつかなかったので、1時間足らずで返却することになった。 |
 |
 |
娘、迷子になる |
|
このあと宮殿の正殿を見学。今度はわたしだけオーディオガイドを聞きながら回る。すっかり飽きてしまった娘は先に行ってしまい、とうとうはぐれてしまった。
わたしは娘の姿を見失っても、きっと見学コースの最後にある売店で待っているだろうと思い、そのまま見学を続けた。
だが、おしまいまで行っても娘はいない。ようやく完全にはぐれたことに気づき、携帯電話で連絡してみた。
娘はすぐに出たが、泣きながら「どこにいるのかわからない」と、まったく頼りにならない。
「これじゃあ、携帯持たせた意味ないじゃん!」と叱っていると、「替わるね」と、いきなり別の人にバトンタッチ。日本人男性が替わって現在位置を教えてくれた。てっきり通りすがりの観光客かと思ったが、実は受付の人だったらしい。
わたしは宮殿のB入口から入り、「鏡の間」を通って建物の正反対側、初めに入った「王の内殿」C入口側に出ていた。娘がいるのは、そのB入口だそうだ。
やむなく工事中の前庭をぐるっと回り、B入口へと向かった。再び厳重な手荷物検査を受け、中へ。すると、案内受付カウンターの真ん中に、女性職員に挟まれるようにして座る娘の小さな丸い顔が見えた。思わず苦笑。
女性職員2人が、わたしの顔を見て瞬時に母親だと直感したらしい。2人とも同時に「ほら、お母さん来たよ」というように娘に笑いかけた。
不安そうだった娘の顔が、涙で崩れる。
なんと、こんなに頼りない娘だと思わなかった。もっとしっかりしていると思ったのに。
わたしは受付に礼を言うと、娘を外に連れ出した。外に出ると、さっそく叱りとばす。
「だいたい、最後まで行けば必ずママに会えたのに、どうしてこんな所に来たの?」
と聞くと、
「泣いていたら、ここの人に連れてこられた」
と言う。
はぐれた娘はその場で泣いてしまったらしい。そりゃあ保護されるわよね。
で、受付に連れてこられたわけだ。
「電話持ってるんだから、泣かないで電話すればよかったじゃない」
「あそこで電話したらいけないと思った」
「だったら、外に出ればいいでしょ」
問答は延々と、帰りのヴェルサイユ・リヴ・ゴーシュ駅まで続いた。
言葉の通じない外国で唯一の連れである母親とはぐれたのだから、パニックになってしまったのは理解できる。だが、冷静に考えれば、永遠にそこに取り残されることなどあり得ない。そのために携帯をレンタルし、持たせておいたのだから。
わたしはこの件で改めて、娘がまだわずか8歳の幼い子どもだということを認識した。勝手にしっかりした子だと思いこんでいたのかもしれない。
わたしはこの時、GWにニュース番組で放送していた、海やテーマパークなどでの迷子の特集を思い出していた。
潮干狩りや見学に夢中になって子どもを見失い、迷子預かり所で感動の再会をするというものだ。半泣きになる親、叱って頭を叩く親と、親もさまざま。
それを観ながら「怒ることないじゃん、迷子にさせたのは親の責任じゃないか」と思っていたわたしが、やっぱり今怒っていた。
勝手に先に行き、勝手に迷子になって、勝手に保護された娘への怒りである。
だが、ヴェルサイユ・リヴ・ゴーシュ駅に着いて自動改札に切符を通し、ホームに出たところで説教は中断した。
か、帰りの電車がどれだかわからない・・・。 |
パリへの帰還 |
恥ずかしい話だが、ヴェルサイユに行くことばかり気を取られて、パリに行く電車についてはまったく調べてこなかったのだ。
ホームには一台の電車が止まっていたが、それが果たしてパリへ行くのか、またミュゼ・ドルセー駅を通るのかまったくわからない。
しまった、と思った。娘を叱っている場合ではない。
わたしは身を翻し、改札に戻った。駅員のいるボックスのようなのがあったので、ガラス越しに中をうかがった。駅員が一人いるが、向こう側の客に切符かなにか売っており、こちらを向いてくれそうにない。
わたしは別の駅員を捜すべく、その場を離れた。その直後、ボックスの中の駅員がわざわざ出てきてくれ、娘が気づいてわたしを呼び止めた。
わたしはその駅員に「ミュゼ・ドルセー駅に行きたい」と言うと、路線図を調べた上で「その列車だよ」と教えてくれた。念のためアルファベットを聞くと、「JILL」だとのことだった。
わたしたちはホームに戻ると、「JILL」と行き先が書かれた列車に飛び乗った。
2階席は混んでいるようだったので、1階席に座った。
列車はヴェルサイユを離れ、パリへとひた走る。間もなく、わたしの隣りにインド系の女性が座った。
10分以上も、わたしと娘は気まずい雰囲気で向かい合って座っていた。するとその女性が、自分が食べていた干しぶどうの袋を娘にくれた。
それをきっかけに、彼女との間で会話が始まった。
聞けば、彼女はスリランカ人で、パリに住んで4年。パリ郊外に住む兄を訪ねて週一回、この電車に乗るという。
一昨年のスマトラ沖地震による津波被害で、ふるさとの知り合いもだいぶ死んでしまったと話していた。
会話は楽しく、パリまではあっという間に感じられた。
だが、列車が地下に入ると、わたしは気が気ではなくなっていた。
会話に気を取られて乗り過ごすのでは思ったのである。フランスのホームときたら、席に着きながら見える場所に駅名がない。それは路線バスも同様で、やっぱり座っていると見えない位置にバス停名が書いてあるのだ。このあたり、どうしてもっとわかりやすいところに書いておかないのか、さっぱり理解できない。
とある駅に到着した。「St-michel N-dam」である。スリランカ女性が慌てて立ち上がる。先ほど「自分はサン・ミッシェル駅で降りる」と話していたので、わたしはここでお別れだと思い、さよならを言った。だが、彼女はわたしたちにも降りろと言う。
わたしは混乱し、呆然と席にはりついていた。
すると、彼女がホームから窓越しに手招きし、「早く降りて」と叫ぶ。
やっと乗り過ごしたということに気づき、娘ともども列車から転がり降りた。 |
戻るには、反対側のホームに行って列車に乗ればいいことはわかる。だが、線路の向こうにあるホームには改札があった。
わたしは焦った。
ミュゼ・ドルセー駅とサン・ミッシェル駅間の切符を持っていないので、ホームに入れないのではないか。
だが、スリランカ女性は「Don't worry.」と言いながら階段を降り、反対側のホームへとわたしを案内した。よく利用する駅だから、勝手はよくわかっているらしい。
改札はなかった。あれは外から入ってくるためのもののようだ。
わたしは女性に礼を言い、握手をして別れた。彼女は責任を感じていたらしく、わたしが列車に乗るまで待っているつもりだったようだ。 |
 |
 |
間もなく「VICK」行きの列車が到着し、乗りこんだ。ミュゼ・ドルセー駅は次の駅。わたしたちは無事ミュゼ・ドルセー駅にたどり着くことができた。
で、心配材料だった娘の復路切符。
やっぱり自動改札で「ぶーっ」と弾き返された。ヴェルサイユの駅ではちゃんと通ったのに。こいつ絶対壊れてるね、と言いながら、娘にバーの下をくぐらせる。
出発直後からトラブル続きだった、今日のヴェルサイユ行き。帰りつくまでやっぱりトラブル満載の旅であった。 |