フランスについて
◆ 国 名 ◆
 正式名称は、「Republique francaise」。公式の英語表記は「French Republic」。通称「France」。
◆ 国 土 ◆
 フランスはヨーロッパ大陸の西側に位置し、面積は西ヨーロッパで最大。日本の約1.5倍。
 本土はほぼ正六角形の形をしている。そのうちの3辺が、イギリス海峡、大西洋、地中海に面している。残りの3辺はベルギー、ルクセンブルク、ドイツ、スイス、イタリア、スペインに隣接している。
 本土は96県に分かれ、22地方で構成されている。ニューカレドニアなどの海外領土もある。
 首都はパリ。パリ圏(パリとイル・ド・フランス)の人口は約1000万人である。
 ユネスコの世界遺産は28箇所が登録されている。今回わたしたちが見学した世界遺産は、パリのセーヌ河岸(1991年)、ヴェルサイユの宮殿と庭園(1979年)、モン・サン・ミッシェルとその湾(1979年)の3箇所である。
◆ 民 族 ◆
 大半がケルト人、古代ローマ人、ゲルマン系のフランク人などの混血である。ブルターニュ地方ではケルト系のブルトン人、アルザス地方ではゲルマン系のアルザス人などが多い。
 また、ナポレオンを排出したコルシカ島もイタリア人に近い民族コルシカ人が中心である。
 公用語はフランス語。
 伝統的に東欧などから多くの移民・政治的難民を受け入れており、近年ではアフリカ・中近東からの移民が多い。多くは低賃金労働に従事している。
 宗教面では、国民の約8割がカトリックとされている。フランス革命以降、公共の場における政教分離が徹底され、宗教色が排除されている。
◆ 政 治 ◆
 現在は第5共和制。1958年にド・ゴール将軍が第4共和政を打倒し、新たに作られた政治体制である。 
 大統領は直接選挙で選ばれ、任期は5年。強大な権限が認められており、首相、閣僚の任免をすることができる。さらに軍を指揮する権限も持っている。
◆ フランス語について ◆
 ローマ時代の俗ラテン語がトランス・アルプス地方のゴール語の影響を受け、さらに西ゲルマン族のフランク族の影響を受けて発展したもの。
 現在一般的に話されているフランス語は北部の旧オイル語が原型となっている。一方南部にはオック語と呼ばれる言語があった。
 しかし、フランス革命当時、現在のフランス語を話す人は全人口の半分以下だったという。その後の中央集権化で一言語主義政策がとられ、他の言語は少しずつ衰退していった。
 現在はブルターニュ地方ではケルト系のブルターニュ語、アルザス地方ではドイツ語の一方言であるアルザス語、コルシカ島ではコルシカ語が併用されている。
◆ 歴 史 ◆
BC58 カエサル、ガリア(現在のフランス)征服。
419 西ゴート族、ガリア南部に西ゴート王国を建国。
476 西ローマ帝国滅亡。
メロビング朝 481 クローヴィス1世、フランク初代王に即位。フランク王国メロビング朝創始。
508 クローヴィス1世、パリを首都に定める。
カロリング朝 751 小ピピン、フランク王に即位。カロリング朝創始。
768 カール大帝即位。
カペ|朝 987 ユーグ・カペー、フランス王に即位。カペー朝創始。
1024 モン・サン・ミッシェル修道院建設開始。
1066 ノルマンディ公ギョーム、イングランドを征服。ウィリアム1世としてイングランド王に即位。
ヴァロア朝 1328 英国王エドワード3世、フランス王位継承権主張。フィリップ6世即位。ヴァロア朝創始。
1339 100年戦争勃発。
1429 ジャンヌ・ダルク、オルレアンを解放。
1431 ジャンヌ・ダルク、ルーアンにて処刑。
1572 1562年より宗教戦争勃発。サン・バルテルミーの虐殺おこる。
ブルボン朝 1589 アンリ4世即位。ブルボン朝創始。
1624 リシュリュー、宰相に就任。
1643 ルイ14世即位、宰相にマザラン就任。
1648 フロンドの乱始まる。
1661 マザラン死去、ルイ14世の治世。翌年、ヴェルサイユ宮殿の建設開始。
1672 オランダ戦争勃発。
1715 ルイ15世即位。
1754 ルイ16世生まれる。
1755 オーストリア皇女マリー・アントワネット、ウィーンに生まれる。
1756 7年戦争勃発。
1763 パリ条約締結、北米の植民地を失う。
1769 ナポレオン・ボナパルト、コルシカ島にて生まれる。
1770 ルイ16世、マリー・アントワネットと結婚。
1774 ルイ16世即位。
1778 アメリカ合衆国を承認。
1785 マリー・アントワネットの首飾り事件起こる。
1789 フランス革命勃発。国王一家をパリに連行。
1791 ヴァレンヌ逃亡事件起こる。憲法制定。
第一共和制 1792 民衆によるチュイルリー宮襲撃。王政廃止、第1共和政治始まる。
1793 ルイ16世、マリー・アントワネット処刑。
1795 ナポレオン、王党派の蜂起「ヴァンデミエールの反乱」を鎮圧し、師団長となる。(26歳)
1796 ナポレオン、ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと結婚。
総統政府の命により、ナポレオンのイタリア遠征が開始される。
1798 ナポレオン軍のエジプト遠征開始。
1799 ナポレオン、ブリュメールのクーデターを起こし統領政府を樹立。第一統領に就任し、政権の座に着く。
1800 ナポレオン、アルプス越えによりイタリアに侵入、オーストリアに勝利する。
1802 ナポレオン、終身統領となり独裁権をさらに強める。
1804 「フランス民法典」、いわゆる「ナポレオン法典」を制定。
第一帝政 1804 ナポレオン1世、皇帝即位。第1帝政成立。
1805 フランス軍、ロシア皇帝アレクサンドル1世とオーストリア皇帝フランツ1世の軍を相手に、アウステルリッツにて勝利を収める。
1808 ナポレオン、兄ジョゼフをスペイン王の地位に就ける。
1809 ナポレオン、皇后ジョゼフィーヌを離縁。
1810 ナポレオン、オーストリア皇女マリ・ルイーズと再婚する。翌年、王子ナポレオン2世誕生、ローマ王の地位に就ける。
1812 ナポレオン、ロシア遠征開始するも敗退。このため、これまで屈服させられていたヨーロッパ諸国が一斉に反ナポレオン戦争に動く。
1814 パリ陥落。フランスと対仏大同盟諸国との間で締結されたフォンテーヌブロー条約によりナポレオンの退位と、かわりにエルバ島の小領主の地位を与えることが決定される。(ナポレオン、エルバ島追放)
王政復古 1814 同盟国によりブルボン家が後継に選ばれ、ルイ16世の弟がルイ18世として王位に就く。
同年、ジョゼフィーヌがマルメゾンにて死去。
1815 ナポレオン、エルバ島を脱出してパリに戻り、復位。ブルボン家は再び亡命する。
ナポレオン、イギリス・プロイセン連合軍にワーテルローの戦いで破れ、大西洋の孤島セント・ヘレナ島に幽閉される。
1821 ナポレオン、セント・ヘレナ島にて死去。解剖の結果、当初は胃ガンと発表されるが、近年はヒ素による病死説、あるいは毒殺説も浮上している。
1824 ルイ18世死去。弟のアルトア伯が即位、シャルル10世となる。
1830 シャルル10世の専制政治に反発した国民による七月革命が勃発、王一家はイギリスに亡命する。これによりシャルル10世はブルボン家最後の王となった。
七月王制 1830 オルレアン家のルイ・フィリップがブルジョワジーらに擁立され、国王となる。オルレアン王朝開始。
1848 フランス国民により2月革命が起こされ、ルイ・フィリップ退位に追い込まれる。ルイ・フィリップはイギリスに追放され、フランス最後の王となった。
第二共和政 1848 王家が倒れたことにより臨時政府が樹立。この年の12月の選挙でナポレオンの甥、ルイ・ナポレオンが大統領に就任。
1851 ルイ・ナポレオン、クーデターを起こし、権力を強化。
第二帝政 1852 ルイ・ナポレオン、国民投票を経て皇帝の座に就く。ナポレオン3世。
1854 クリミア戦争に参戦、ロシア帝国を破る。
1859 イタリア統一戦争に介入。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世による統一に協力した代償として、イタリア領だったニースを獲得。
1861 メキシコ出兵。この年、パリのオペラ座が着工される。
1868 パリ万国博覧会開催。
1870 スペイン王位継承権にからみ、プロイセンと戦争開始。フランスは敗れ、捕虜となったルイ・ナポレオンは失脚。プロイセンによりドイツ統一が果たされる。
第三共和政 1875 第三共和国憲法制定により第三共和制発足。以後、第一次世界大戦、第二次世界大戦、ドイツによる傀儡政権を経て、第五共和制に至る。
◆ 国 民 性 ◆
 フランス人にとって、子どもは大人のミニチュアであるというのはよく耳にする言葉だ。
 女の子は大人の女性のミニチュア、男の子は大人の男のミニチュア。幼いうちから女の子は女らしく、男の子は男らしく鍛えられ、育てられる。
 義務教育は完全無料で、教科書やノートまで無料配布される。教科書はそれまで何人もの子どもたちに使われたものを繰り返して使う。使えるものは繰り返し使う合理性を持っている。
 選挙権は18歳になると与えられる。以後は大人として扱われ、親の援助はあまり受けない。
 奨学金を受けて大学に通うケースが多く、アルバイトで稼ぐということも少ないので、学生は非常に切りつめた生活をしている。飲食業はほぼ正社員が雇用され、家庭教師や塾講師の需要もあまりないため、学生のアルバイト口が少ないのである。
 若いときからこうした生活を送っているため、フランス人は節約上手のやりくり上手である。無駄を省き、余計なものは一切買わない。見栄や付き合いで無駄な金を使わず、もてなしもシンプルである。
 節約とかケチとかでは、決してない。あるものだけでお金をかけずに楽しく生活する。お金がなくても豊かな生活を送ることにかけて、フランス人は達人だ。
 
 また、一般的に日本では「あうんの呼吸」を重んじ、言わずとも言外の意味を読み取れという気風がある。しかし、フランスでは言葉として表現されたこと以外は相互認知されない傾向があるという。つまり、言った言葉がすべて。裏はなく、合理的。これは非常に楽な人間関係なのではないだろうか。
 
 まあ、以上がインターネットでリサーチした結果だ。滞在したわずかな日数だけでフランス人の国民性に触れることは不可能なこと。だが総じて、思っていたより冷たくなかったというのが本音である。
 
 フランスを訪れるまで、わたしはフランス人はもっと冷たいと思っていた。
 フランス語や文化に絶大なる誇りを持っていて、外来語を認めない。英語で話しかけても無視する。そんな認識があった。
 イタリア旅行のときの添乗員さんも「道を聞こうと英語で話しかけたが、無視された」と言っていた。
 だが、実際に英語で話したら無視されるかというと、わたしの場合そんなことは一度もなかった。礼儀さえ守れば、フランス人はちゃんと英語で教えてくれる。
 まず「ボンジュール」と挨拶したり、「エクスキュゼ・モア(すみません)」とフランス語で断って、「ちょっと教えてください」などとフランス語で話しかける。そして、肝心の質問は英語で。
 そうすれば、たいていのフランス人は英語で答えてくれる。それも優しい笑顔で。サービス的な作り笑顔でないのはかえって好感が持てる。
 
 よく「英語が理解できてもわからない振りをするフランス人」などと称されるが、実際フランス人は学校で英語を学んでいるので、日本人などよりはるかに英語が上手い。特にパリの販売業やサービス業に従事する者はほとんど英語が話せる。
 そもそも、その国を訪れて、その国の言葉を覚えようともせず母国語で話しかけるなんて失礼ではないか。それはどんな国においても共通である。 
 もともとフランス人は歴史の浅いアメリカを馬鹿にしているところがある。英語が世界の共通語なんてとんでもない。そんな心境なのではないだろうか。
 
 もっとも、人に何か訊く場合は、話せるものなら全文フランス語で質問してもいい。だが、相手の方から英語で「英語話せる?」と訊いてきて、質問の答えは英語だったりすることがほとんどなのだ。フランス語で返されてもわからないので、もちろんその方がありがたいのは間違いない。
 
 わたしの友人に、フランス語の勉強を長年続けてきて、毎年フランス旅行をしている人がいる。
 本人は「まだまだ全然」と言うが、わたしにすればすごく上手にフランス語を話す。それでもやっぱり日本人と見てとると、英語で返してくることが多いようだ。
 
 フランス人は決して英語アレルギーというわけではないらしい。というわけで、フランス語はある程度勉強していった方がいいが、英語も大切である。どちらが理解できるかというと、やっぱり英語だろう。
 
 ちなみに、フランス人に過剰な親切さはない。お節介ではないため、どこかの国みたいに、道がわからず地図を広げていると、なんだなんだと地元の人が一緒に覗きこんで、しまいには人だかりになっていた・・・なんていうことは絶対ない。
 
 だが、あるときこんなことがあった。サン・ドニの街中で、舗道上の有料トイレに入ろうとしたときのこと。わたしはちょうどのコインを持ち合わせておらず、困っていた。確か0.3ユーロほどのトイレだったと思う。 
 有料トイレはドアが自動販売機のような仕組みになっていて、きっかりのセント・コインでないと受け付けない。複数のコインを入れて合計30セント、というのも駄目。わたしの財布にはお札の他、1ユーロ、5セント、10セントなどしか入っていなかった。
 すると、通りがかりの年配女性が立ち止まり、わたしの財布の中を調べてくれた。両替でもしてくれるのかなと思っていたら、わたしの5セントと10セントのコインを取り、代わりに30セント・コインをくれた。つまり、ほんの数十円程度ながら恵んでくれたのである。(ちなみに2006年5月現在、1ユーロは147円。1ユーロの半分は50セント)
 
 金額はささやかながら、こんな親切な人も中にはいるのだ。もしかしたら子ども連れだったお陰で、同情されたのかもしれない。本当に切羽詰まっていたのは娘ではなく、わたしの方だったのだが。
 たいへん感激した出来事だった。 

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