1日目 いざパリへ
 
  旅のお供は・・・
 さて、今回3度目となる渡仏のお供は、主人の母と娘との3人旅だ。
 最初は娘と2人での旅行を考えていたが、主人が「おふくろも連れて行ってよ」と言うので、「ほいきた承知」と軽く引き受けた。でも、わたしのハードなスケジュール設定に、おかーさんが耐えられるか? という課題がある。
 見た目は若くて行動的な義母であるが、なんといっても今年70歳になるし、持病もある。途中で具合悪くなって医者にかかるような事態になったら非常に困る。
 というわけで、あっちこもっちもという欲張りスケジュールながらゆとりもある日程を心がけ、計画を練ってこの日を迎えたのだった。
 成田空港へはいつものごとく成田エクスプレスを使い、2時間前に到着。
 全日空のチェックイン・カウンターでチェックインを済ませ、荷物を預けて手荷物検査、出国手続きと進む。
 日本でも今年の3月から液体物の持ち込みは100ml以下を透明ジップロックに入れ、手荷物から出して検査を受ける決まりとなった。当然、ミネラルウォーターのペットボトルなどは没収となる。
 わたしは持ち込む歯磨き粉、コンタクトレンズ用の生理食塩水、化粧水などをジップロックに入れて検査を受けたが、女性係員の「見せてもらっていいですか?」という言葉を、「捨ててもいいですか?」と聞き間違え、「え、捨てられては困ります」と答えていた。(恥ずかしー)
 結果はもちろんノープロブレムで、通過。いつもはビーッと鳴る金属探知機もなんなくくぐり抜けた。
 両替は出国手続きをしてから、免税店の並びにある両替所で。詳細は別ページに記載することにする。
 さて、わたしたちが乗るのは11時25分発のANA205便。
 予約がかなり早い時期だったのでだいたいどの席でも指定できたが、唯一不可だったのが非常脱出口そばの広い席だ。
 かねがねその席に座りたいと思っていたが、半年以上先の座席指定マップを見ても、必ずその席の窓際は必ず埋まっている。真ん中と通路側はポツポツ空いているが、それでは家族3人で座ることができない。
 一説では非常脱出時に男性の協力が必要になるから、必ず一人は男性を座らせられるように押さえてあるとのことだった。
 だが、実際のフライト中にとある非常口付近の席を見たら、全員女性だった。うーん、いったいどうなっているのだろう。どうやったらその席が取れるのだろうか、いつか座りたいものである。
 結局、今回の予約は45番の席に落ち着いた。45番は翼の後ろでそれなりの眺めが確保でき、なおかつ後ろの席がない。すぐ後ろは壁だがリクライニング可能なため、後ろの人に遠慮なく倒すことができる。
 実は2人だけだったら最後尾席を狙うのだが、3人なので諦めざるをえなかった。最後尾席は2人掛けなので出入りが楽、トイレが近い、窓との間が広く空いているので荷物を置きやすい、足を広々伸ばせるなどのメリットがあった。
 離陸して約2時間後。
 わたしたち3人に昼食が出された。いずれも特別食を手配していたので、誰よりも早く出てくる。それはそれで嬉しいのだが、他の人に申し訳ないような気分だ。
 →これはわたしの減塩食。わたしは足の血行が悪く、ちょっと座っていると足の付け根が血行不良を起こしやすく、また足のむくみもひどいので、普段から塩分を極力控えた食生活を送っている。
 この食事は塩分を抑えてハーブの風味を効かせた調理法だが、固くてパサパサの肉には味がなく、どうかと思う一品だ。付け合わせや、エビとホタテのマリネはそれなりの味わいがあっておいしかった。 
 →これは娘のチャイルドメニュー。義母には別の特別食が配られ、3人は一足早くご飯にありついた。
 しかし、飲み物にビールやワインを注文し、おつまみのアラレをぽりぽり食べていては減塩に気をつけているとはとても言えない。
 フライト中は2本の映画を視聴。1本目はキャメロン・ディアス主演の「ホリデイ」、2本目は仲間由紀恵主演の「大奥」。さすがに2本目の途中で眠くなってしまい、コンタクトレンズを外していったん就寝した。
 もう一本デンゼル・ワシントンの「デジャブ」も観たかったが、さすがに不可能だった。これは帰りの便のお楽しみに取っておくことにする。
 さて、約12時間のフライトの後、便はいよいよフランスに到着。
 白い壁にオレンジ色の屋根に統一された街並みが眼下に見えはじめ、ああ〜これぞヨーロッパ、これぞフランス! と嬉しくなる。
 
レンタカーはトラブル続き
 入国審査、預けた荷物のピックアップを済ませ、いよいよレンタカーのカウンターへ。到着して初めての英語を使うので、並んでいる最中から心臓がドキドキしてくる。
 しかし、前の人の手続きが長いこと長いこと。手続きというか、なにか調べたり問い合わせしており、10分くらい待たされる。わたしの後ろのビジネスマン風の男性もかなりイライラした様子だ。
 こういうときでもフランス人はマイペースである。イタリアでも同様だった。
 義母と娘には近くのベンチに座って待っててもらったが、義母はあとでこのビジネスマンのイライラした様子がおかしかったと笑っていた。
 前の人が終わり、ようやくわたしの番になった。「I'd like to rental a car, I have a reservation.」と言って、予約スリップを見せる。
 予約はちゃんと入っていた。しかし、カウンターのお姉さんのフランス語なまりの英語がよく聞き取れない。何度か聞き直して、どうやら「フルカバーの保険に入るか?」と言っていることがわかった。
 前の時もそう言われてフルカバーの保険に入ったのだが、今度は自信があったので「いりません」と断った。だって、高いし、また時間かかるの嫌だったんだもん。
 車のキーを引き換える紙と、予約しておいた「ネバーロスト」というGPSの入ったバッグを渡される。
 うっ、こんなんポンと渡されて、自分でセッティングしなくちゃいけないのか。しょうがないから黙って受け取り、駐車場への降り方を聞いて、やっとカウンターを離れる。
 義母も「はあ、やれやれ」と溜息まじりに立ち上がった。無理もない。カウンターに到着してからここまで、20分もかかったのだから。
 エレベータに乗り、教えられた階で降りてHertzのブースへ。小さなオフィスで背の高い黒人の男性に紙を渡してキーを受け取り、指示された駐車スペース番号に向かう。
 そこに待っていたのは、昨年と同じプジョー。紺色の4ドアでコンパクトカーながら、トランクスペースもある。
 HPではコンパクトカーの画像はメルセデス・ベンツになっていたが、残念。メルセデスではなかった。きっと到着時間が遅かったので残り物になってしまったのだろう。あまり新しいとは言えない様子のプジョーであった。
 しかし、ここからが難問の連続だった。
 まず、GPS。シガレットライターを取り外し、その穴に電源をはめこめばよいということはわかった。丸いGPS受信機が別に伸びているという点は、わたしのパソコン・カーナビと同じだ。
 しかし、本体スイッチを入れても「ネバーロスト」は作動しない。
 おまけにトランクの開け方もわからない。後になってキーのボタンを押せば開くということに気づいたのだが、暗い駐車場内でそのときはわからなかった。
 それから、ガソリンタンクの開け方も忘れていた。運転席のボタンを探したのだが、見つからない。
 しょうがないので先ほどのお兄さんのところに戻った。
 まるでマドンナのボディガードみたいな大男で、見た目がすごい怖い。それでもこの人に頼まなければどうにもならないので、「GPS doesn't work.」と言って、来てもらった。
 しかし、彼がシガレットライターの接続をガチャガチャやったりしても、やはり動かない。ちょっと待っててと言い残して、替わりの接続コードを持ってきた。
 交換すると、「ネバーロスト」に電源が入った。「It works!」と喜ぶと、彼が「アドレスは?」と訊いてきた。印刷してきた「Hotel Normandy」のアドレスを見せたところ、住所、番地の入力までしてくれた。
 他に2つのスーツケースをトランクに入れてくれたりもしてくれたので、チップを渡すことにしたが、あいにく細かい持ち合わせがない。そこで、持っていた最小のお金、5ユーロを彼に渡した。
 するとお兄さん、笑顔で「Thank you.」と握手を求めてきた。やはり額が大きかったからだろうが、何も渡さず後で心残りになるよりいい。
 ずいぶん時間がかかってしまったが、ようやく出発できる。
 と思って車を走らせたが、しかし・・・
 GPSの画面がまったく動かず、どこをどう走ったらよいのかわからない。
 どうして動かないのか? 目的地は確かにパリ1区のホテルになっている。やはり壊れているのだろうか。
 と考えつつ、しかし車を停められないので流れに従って走っているうち、自然とパリ市街地に向かう高速道路に入った。
 やがて左側にサン・ドニのスタジアムが見えた。昨年、王家の霊廟であるサン・ドニ大聖堂を見に行ったのがサン・ドニである。方向としては確かに間違っていないし、おととしJTBのツアーで来たときもここを通ってパリに入った。
 どこで降りるかには不安が残るが、あまり心配を口にすると娘や義母を不安がらせてしまうので、「ほら、ここ、去年も来たよねー」と、あえて気楽に構えてみせた。
 そのうち、「Paris Central」という表示が出たので高速を降り、わたしたちの車はパリの市街地に入った。
 ここからが試練の時だった。
 GPSは相変わらず作動せず、道がわからない。おまけに夜のラッシュにどっぷりとはまってしまって、渋滞の列がまったく動かない。このとき時刻は夜の7時半。
 飛行機が空港に到着したのが5時だから、あれやこれやでいかにもたついていたかわかるだろう。
 この大渋滞の場所、どうやらパリ北部にある北駅付近らしい。道路上に架かる鉄道の高架が交通の妨げになっているのも渋滞の原因のように思われる。
 しかもこのあたり、とても夜は女だけで歩いてはいけないような怪しげな雰囲気だ。道路は汚く、壁に落書きが目立つ。
 インド人街にさしかかると雰囲気は賑やかになる。インド系な顔立ちの人々が街角に立ってタバコを吸いながらおしゃべりをしたり、とにかく人通りはとても多い。
 しかし、やっぱりりここもあんまり歩きたくない雰囲気。車を停めて出て行って、済みません、ここはどこでしょう、パリ一区へはどう行けば? と聞きに行きたくないような界隈なのだった。
 これが別料金でレンタルしたGPS。どうして作動しないのか理解できず、1時間あまりもパリ北駅周辺をウロウロしてしまった。
 が、あるときフト気づいた。GPSレシーバがダッシュボードに置きっぱなしだった(GPSレシーバについてはこちらをどうぞ)のだ。つまり、GPSが衛星からの電波をキャッチしていなかったことになる。
 そう言えば去年もレシーバをダッシュボードに置いていたのでは受信できなかったのだった。
 さっき空港のHertzでGPSの梱包を解いたとき、助手席の義母に「このGPSレシーバを屋根につけるんですよ」と説明していたのに、それをすっかり忘れていたのだ。
 ああ、バカバカ、わたしってなんてバカなの。
 窓を開け、レシーバを屋根にぺったんと貼り付ける。
 すると、たちまちGPSの画面には現在位置を示す地図が表示され、次の角を左へ、なんて英語の指示が聞こえてきた。
 ああ、やっぱりわたしってば大マヌケだ。だが、これでホテルに辿り着くメドはついた。あとはこのひどい渋滞を抜けるだけ。
 しかし、この渋滞はただ者ではなかった。5分に一回ほど、ほんの数メートル動くだけの極めつきの渋滞だったのだ。前方には大型バスが2台見え、その数十メートル先には交差点。だが、そこの道路がメチャ混みなので、どうにも進まないようだ。
 わたしの数台後ろにはひっきりなしにクラクションを鳴らす車がおり、斜め後ろでは無理矢理追い越そうとするフランス人女性の車がいた。
 ここで割り込んでも前方にはバスが立ちふさがっているから、あんまり意味がない。道路に脇道があるでもなく、一台抜いたところで、ここから抜け出す手段は皆無なのだ。
 なのに、後ろからはクラクションの嵐。「鳴らしたってどうなるものじゃなし、なんで鳴らすんだろう」などと言いながら、わたしたちはすっかり諦めモードだ。
 そのうち娘は「眠いよ」と言って泣き出す始末。
 そうとう疲れているのだろう。飛行機ではほとんど眠ることのなかった娘だ。眠いのなら眠ればいいのに、まるで幼児のようにオイオイと泣いている。
 わたしのせいでこんな目に遭わせてしまって申し訳なく思いながら(いや渋滞はわたしのせいじゃないが)、なんとかなだめすかす。
 しかも、義母には「パリってもっと綺麗なところかと思っていたのに・・・」と言われ、ほとほと弱る。あまりパリらしくない地区から入ったため、思い切り期待はずれだったようだ。
 空港がパリの北にあるから仕方ないのだけど、最初に目にしたものが汚い街とひどい渋滞では、義母がガッカリするのも無理はなかった。
 結局この一連の渋滞に2時間以上もはまっていたことになり、パリ・ルーブル地区にある「ホテル・ノルマンディ」に到着したのは夜の9時近くのことだった。
 日本時間だともう夜明け近い時間帯。ああ、早くベッドに入って眠りたい。


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